ところ変われば・・・決断
今から約20年前、「ナナムジカ」という2人組の女性デュオがいらっしゃいました。2人とも音楽の専門学校で音楽を勉強して、そしてデビューしました。そのうちの1人は富山県の方でした。
その「ナナムジカ」が富山県に来る、というイベントがあり、当時ファンだった僕は2つの会場へナナムジカを見に行きました。
まず最初の会場は富山市の「岩瀬浜」でのステージでした。
驚いたことに、地元富山県のアーティスト、しかもテレビドラマで主題歌も歌っているというのに、観客は10人を切っていました。
わずかな観客の前でナナムジカの二人は歌を披露していました。
僕は「なんでテレビでも活躍しているようなアーティストなのに、数人しかいないのだろう?」と不思議に思っていました。
そして同じ日、2つ目の会場はナナムジカの方の地元でもある、黒部だったか入善だったか覚えていないのですが、僕は観に行きました。
すると・・・そこには何百人という方がナナムジカのステージを見に来ていました。
びっしりと並べられたいすは全て埋まり、立ち見が出ていました。
「同じナナムジカなのに、しかも同じ富山県なのに、場所が違えばこんなにも反応が違うのか・・・」とびっくりしました。
この出来事が僕の脳裏にずっと焼き付いていて、今でもあの1日を何回も振り返ることがあります。
大門で7年間やってきて、俺はどうだったのだろう…
僕は富山市の人間です。もちろん大門には知り合いは全くいません。0人。
僕のブログを読んでくれている富山県人の割合はデータからわかるのですが、ほぼ富山市の方が読んでくれています。
射水市の方で読んでくれているのは毎回0人か1人です。そのうちの1人は、小杉に住んでいる僕の友達です。
はっきり言って、大門では全く僕の塾の存在は7年たった今でもほぼ無関心状態,ナナムジカの「岩瀬浜ステージ」状態です。
チラシを入れると、せいぜいで1人~2人の方射水市の方(大門の方)が僕のブログを読んでくれている、という有様です。
ノーマークな塾なのです。大門総合会館で塾をしているため、テナントではないので、普通の人には塾の存在さえ認知してもらえない、という状態です。
もちろん、過去7年間、寺子屋に来ていただいた方からの口コミで数人の生徒さんが入塾してくれたのですが、チラシを出しても問い合わせは1人。ひどいときは0人です。
「そのうち口コミで問い合わせがくるだろう」と思っていた僕はおろかでした。
現実はそんなに甘くはなかったのです。
31歳のとき、1年間福光で「通りに面したテナント」」で個人塾をしていたときは20人以上の塾生がいてくれました。
目立つ所に塾を構えていたので、通りすがりの方が僕の塾に関心を持ってくれて入塾していただいたこともありました。
見切り・・・
悔しいのですが、大門にはもう期待しないことにしました。
僕の力不足です。
今来てくれている塾生が卒業する、あと2年で今の場所は撤退します。
ナナムジカの出来事を最近よく思い出します。
同じ富山県なのに、同じアーティストなのに反応全然違う。
いつになるかわかりませんが、お金貯めて富山市で頑張ることにしました。
もちろん僕は大門は好きです。福光や伏木に比べると栄えているし、人口も多い。
ただ、僕の力は大門には通用しませんでした。
もちろん他の場所へ行ったからといって、じゃあそこで生徒を集められるの?という保証はもちろんありません。
ただ、「最後は地元富山市で塾をやってみたい」という思いがふつふつと湧き上がってきました。
ねばってみたけど、いろいろ試行錯誤して7年間頑張ったけど、福光の1年目を越えることは最後までできませんでした。
言い訳の余地はありません。
今はネットの時代、youtubeをやってみたり、ブログを書いてみたり、福光時代の2倍働きましたがダメでした。
できれば今すぐに大門から撤退したいのですが、こんな僕を頼ってくれる塾生はまだいてくれます。
あと2年大門で頑張ります。もちろん新規の生徒さんはもう受け付けるつもりはありません。
富山市を見据えてこれから準備していきます。
一番競争の激しい富山市。
でもこれまでの家庭教師をしてきた経験から判断すると、富山市はやっぱり他の地域とは異なります。
他の地域が教育に対する意識が低い、というわけではありませんが、富山市は教育熱が熱く、中学生もかなり高校受験を意識しています。
生きている間に富山市でチャレンジしてみたい、と今は思っています。
富山市で実は1か所、「ここでできたらいいな」と目星をつけている場所があります。
そこでテナントを構えて頑張るか、はたまた家庭教師に戻ってマンツーマンで結果を出すのか?それとも両方するのか?
いずれにせよ、中学生に一生懸命勉強を教えていきたいと考えています。
テナント以外はもういいです。なんとか会館とかそういうのではなくて、テナントでどっしりと構えて、そしてそこで頑張る。
今はとてもすがすがしい気分です。
7年間やってきて、ここまで打ちのめされるとあきらめる勇気も出てきます。
自分に何が足りなかったのか?
これから反芻し時間をかけて勉強しなおします。
♪あの人のための自分などと言わず
あの人のために 去り行くことだ
空を飛ぶことよりは 地をはうために
口を閉ざすんだ 臆病者として
越えて行けそこを 越えて行けそれを
今はまだ 人生を 人生を語らず
出典 「人生を語らず」 吉田拓郎
2026年02月26日 14:44
