個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

ホームブログ2025年 ≫ 1月 ≫

2025年1月の記事:ブログ

国公立大学を受験すること。

先日、共通テストが終わりました。受験生のみなさま、お疲れ様でした。

今日は、僕の高校3年生のときに受験したセンター試験・2次試験について振り返ってみます。

僕は高校時代、2年生の秋くらいから新潟大学か富山大学に行きたいと思っていました。

富山大学は、富山県民だったので、中3の時からなんとなく行きたい大学でした。


僕のプランとしては、富山東高校→富山大学という目標がありました。

高校受験で富山東高校を受験するも不合格。足元をすくわれました。

「行きたくない」と思いながら富山第一高校へ入学しました。


高校2年生の夏休みに偶然友達の家でふらっと読んだ「偏差値50から早慶に突破する方法 和田秀樹著」という本の影響を受け、自分にとって有利な

国公立大学(教育学部)を富山大学以外に探していました。
 

 当時は国公立大学は2校受けることができたため(今みたいに前期一発勝負の時代ではなく、A日程とB日程でそれぞれ1校ずつ受けるチャンスがありました)

B日程は富山大学を受験し、残りのA日程を受ける国公立大学を探していました。


 和田秀樹さんの受験本は当時かなり売れていて、僕も高校2年生の2学期から3学期にかけて、かなりの書籍を読みました。

和田秀樹さんの本を読んで出した結論は「得意教科の配点が高くて、苦手教科の配点が低い大学」を探す、ということでした。
 

 僕は当時は数学と英語・日本史が得意で、国語と生物が大の苦手でした。国語と生物に関しては、卒業するまでほとんど勉強しませんでした。

そんな状況で僕が見つけた国公立大学が新潟大学でした。


 当時の新潟大学(教育学部)のセンター試験と2次試験の配点は、センター試験は5教科がすべて150点満点で5教科×150点=750点満点。

2次試験は英語と数学でそれぞれ配点が300点で、2教科×300点=600点満点でした。

センター試験と2次試験を合計すると、センター試験が750点、2次試験が600点で合計1350点満点。


 教科ごとの配点は「英語が450点,数学450点、国語150点、理科(生物)が150点、日本史が150点」というものでした。

僕の場合、新潟大学で考えると、得意教科の英語・数学・日本史の配点を合計すると1350点満点中1050点(配点比率にして約77%)もの配点でした。

僕は高校2年生の夏休みにこの事実に気づいた時に「新潟大学しかないな」と決めました。

大の苦手だった国語と生物の配点は、教科あわせても1350点満点中300点(22%)しかありませんでした。

「新潟だったら、国語と生物を捨てても他の3教科でカバーすれば何とかなるな」と思いました。

高校2年生の2学期以降は数学を一番勉強しました。次に英語、そして日本史の順で勉強時間にウエートを置きました。


 一方、富山大学(教育学部)の配点は、センター試験は英語200点、国語200点、数学200点、日本史100点、生物100点で800点満点。

2次試験は「英語・国語・数学のうちから1教科選択で200点満点」という配点でした。ほとんどセンター1発勝負の配点でした。

国語と生物の配点は1000点満点中300点(30%)も占めていました。

この段階で「俺の場合、富山大学は圧倒的に不利だな」と思いました。


 案の定、模試を受けても新潟大学はいつもA判定でしたが、富山大学はいつもC判定でした。

偏差値で比べると、新潟大学の方が富山大学よりも上でした。

それにもかかわらず、富山大学はいつもC判定でした。国語と生物の点数があまりにも低く、偏差値も50を切っていました。

僕は当時は文系でも理系でもない、中途半端な成績でした。

文系なのに国語が苦手、だけど数学は得意。 かといって理科(生物)は苦手なので理系でもない。

ただ、いろんな国公立大学の配点を調べ上げた結果、新潟大学だけは僕に有利な配点でした。


 本番のセンター試験を受けて、予想通り富山大学はC判定でした。新潟大学は初めてB判定でした。

屈辱的な判定でしたが、それでも新潟大学はB判定でした。

僕はセンター試験の数学で大失敗しました。


 僕の両親は当時「絶対に浪人はさせんから、私立大学でも受かったところに行かれ」と言っていました。

僕は「嫌だ。俺は教師になりたいから、私立大学(経営学部)に行っても意味ないから、私立大学の受験料とか、万が一受かった時の納めるお金(当時は100万円くらい)を

浪人費用に充ててほしい、と言っていました。


 僕の得意教科と苦手教科を含めて考えた結果、どう考えても国語の配点が高い私立大学は無理だろう、と思っていました。

僕は私立大学は神奈川大学(経営学部),東京経済大学(経済学部)を受験しましたが、あっさりと不合格(国語がある限り受かるはずがありません)

予定通り国立勝負、の展開になりました。

私立は全部落ちたので100万円もの大金を払う必要もなくなり、安心して国立大学を受験することができました。


 2次試験は新潟大学は6割くらいの出来でした。

富山大学は数学で受験したのですが、5割くらいしかとれませんでした。

結果、新潟大学に合格。富山大学と都留文科大学(C日程)は不合格。

予定通り、僕の大学受験は終わりました。

今振り返ってみても、和田秀樹さんの本との出会いは非常に大きかったと思います。


 これから国公立大学の2次試験が始まりますね?

共通テストに成功した受験生、思わないような結果を出してしまった受験生。

入試まで、まだ日はあります。

今まで思い描いていたプランと異なる結果になった場合、今一度国公立大学の配点を調べ上げて、少しでも自分に有利な大学を探されてください。

2次試験は大学のカラーが出るので、大学によって難易度は全く異なります。

過去問を解いて志望校を決められてください。

頑張ってください。


PS:僕は嫌々富山第一高校へ入学しましたが、3年間友達に恵まれ、さらに数学と英語の先生(担任)に恵まれ、大学受験で合格することができました。

  振り返れば、一高で良かったのかなと思います。もし県立高校に合格していたら、その後の3年間は調子に乗って、結果志望校には合格できなかったと思います。

  中3の段階で現実の厳しさを目の当たりにして、良かったなと今は思えます。

  受験は平等です。勉強した人が合格する。それだけです。もちろん戦略も必要になってきますが、それは勉強時間をちゃんと確保できている人の話。
2025年01月24日 00:04

異邦人~シルクロードのテーマ~ / 久保田早紀

半年くらい前から、久保田早紀(くぼたさき)さんのデビューシングル「異邦人」という曲をYoutubeで何回も見ていました。

昨日ようやくCDを借りてきて、車の中で聴いています。

異邦人=外国人 について、Wikipediaから少し抜粋させていただきます。

1979年10月1日にレコードが発売された。久保田早紀のデビューシングル。

当初は「白い朝」というタイトルだったが、インパクトに欠けるため、プロデューサーの酒井政利により「異邦人」に変更された。

しかし本人は「歌う気持ちにならないくらい」気に入らなかったとのこと。

また、歌詞そのものもシルクロードをテーマにしたものに合わせ、何度も書き直しさせれたとのこと。

久保田早紀本人が、「ふとした瞬間にできた曲がここまでヒットするとは思わなかった」と語っている。

また本人は、この曲が発売されてから半年間はヒットしていくことに戸惑い、その後も「平坦な更地にいきなり10階建てのビルが建ってしまい、

その後もビルがどんどん大きくなっていった感じ」と、当時は曲が一人歩きしていることに非常に戸惑っていたそうである。

デビューして30年経ち、ラジオにゲスト出演した際に、「今ではここまで愛される曲になって非常にうれしい。神様のプレゼントだと思っている」と語った。

このレコードは144.4万枚売れた。


……… 僕はこの曲が発売された当時はまだ7歳で、ずっとあとになってからこの曲を知ることになりました。

多分テレビの歌番組か何かで知ったのだと思います。

久保田早紀さんの曲は僕はこの「異邦人」しか知りません。

Youtubeで1カ月に数回、仕事から帰ってきてから「異邦人」の動画を見ています。

また、当時の久保田早紀さんはとてもきれいな方で、その美貌にも注目が集まったそうです。


僕は自分が中学生~大学生だったころ(1985年~1995年くらい)の歌謡曲には詳しいのですが、昭和40年代~50年代のヒットソングについては

そんなに詳しくありません。


そのため、ふとYoutubeで昔のヒットソングを発見すると妙にうれしくなります。

仕事から帰ってきて、夜中Youtubeで視聴する曲に、いつも癒されています。

音楽はいいですね?

僕が邦楽しか聴かないので、洋楽はほとんど知りません。

1980年代~1990年代の曲に癒されることが多く、車の中で聴く曲も昔の曲が多いと思います。

最近の曲はbacknumberくらいしか聴いていません。

新しい曲も探しつつ、懐メロに癒されていきたいなと思っています。


 それにしても「異邦人」はとてもスケールの大きな曲で、初めて聴いた時はかなりの衝撃を受けました。
2025年01月20日 21:33

大門中学校男子バレー部の応援に行って来ました。

昨日、今日と2日間、大門中学校男子バレー部の応援に行って来ました。

昨日・今日は管公学生服カップ(かんこうはい)という大会の日でした。昨日は砺波市立出町中学校で試合が行われました。

昨日は予選リーグ、今日は決勝トーナメントの日でした。


大門中学校はAブロックで、Aブロックは朝日中学校(棄権)、富山北部中学校、芳野中学校,上市中学校、そしてクラブチームのT-REGALIAのチームで構成されており、

総当たり戦で上位2チームが決勝トーナメントに進める、というシステムでした。


大門中学校は富山北部中学校に負けたのですが、残りの芳野中学校・上市中学校・そしてT-REGALIAに勝ち(T-REGALIA戦はデュースまでもつれる大接戦でした)

予選Aブロック2位で今日の決勝トーナメントに進出しました。


 今日の決勝トーナメントの1回戦の相手は、優勝候補の1つでもある黒部市の清明中学校と対戦しました。

試合は清明中学校の2枚看板(アタッカー)の強烈なスパイクが決まり、惜しくも負けました。

負けはしたのですが、新チーム結成当初と比べると、大門中学校のチーム力は格段に上がっていました。スパイクを拾うことも多かったし、つながるバレーを展開されていました。

何よりも昨日の予選を勝ち抜いただけでもすごいことでした。

選手のみんさん、親御様、お疲れさまでした。


さて、大門中学校の試合が終わった後、他校の試合を観ながら親御さんといろんな話をして盛り上がりました。楽しかったです。

僕がかつて福光のショッピングセンターベルで個人塾をしていたことをお話しすると親御さんも福光出身だったこともあり、

「まさかベルの話が出てくるとは思わなかったです(笑)」と福光トークで盛り上がりました。しかも親御さんは僕と同じ年齢でした。

うれしかったです。

意外に僕の周りには福光出身の方がいて、高校時代からの仲の良い友達の奥さんも福光出身の人です。

しばらく福光にドライブに行ってなかったので、近いうちに福野・福光方面へドライブに行って来ようかなぁ。

今日と明日はオフなので、ゆっくり過ごしたいと思います。

あさってからまた仕事頑張ります!

この2日間、緊張感あふれる2日間でした。

楽しい2日間でした。
2025年01月19日 13:47

友達と語ってきました。

昨日、高校時代の友達、友達の奥さんと僕との4人で食事会をしました。

友達はビール・日本酒などを、友達の奥さんはビールやワインなどを飲み、僕は麦茶を飲んでいろんな話をしました。

僕は去年の10月26日、そして12月26日と、2回とも体調を崩してしまい、飲み会に参加できず、友達にも会えませんでした。

そのため、かなりストレスがたまっていたのですが、昨日思い切り話してきたので、かなり楽になりました。

友達と友達の奥さんに感謝しています。

仕事のことや家族のこと、高校時代の話、恋愛話など、いろんなことを話しました。

人間1人では生きていけないなぁ、としみじみ思いました。

明日は僕の家族が実家に集まります。

僕は夕方から仕事なので、お酒は飲みませんが、たくさん食べてから塾へ行こうかと思っています。


今日はずっと部屋にいました。

少しだけ仕事をして、あとはリラックスしていました。

やっぱり休日は貴重だな、と思いました。

明日からまた仕事頑張ります。

PS:心配していた今回の大雪、降らなくてよかったです。

またすぐ次の大雪警報が出るかと思いますが、安全運転しようと思います。
2025年01月12日 17:21

一高女子バレーボール部、惜敗。

昨日、春高バレーの2回戦がありました。

僕の母校でもある、富山県代表の富山第一高校は、福岡県代表の強豪、福工大城東高校と対戦し、セットカウント1-2で敗れました。

1セット取ったので、良い試合でした。

3年生にとっては最後の大会でした。お疲れ様でした。

親御さんも3年間、送り迎えをしたり遠征に応援に行ったり、お疲れ様でした。

一高女子バレー部は、練習時間がとても長いとのこと。

練習はうそをつかない、その通り富山県大会を通過しました。

新チームになっても頑張ってください。

来年以降も応援しています。
2025年01月07日 06:45

越中大島太鼓を見てきました。

塾の生徒さんが越中大島太鼓のメンバーで、今日の午前11時からアルプラザ小杉で発表会があったので、見てきました。

ふだんの塾の姿とは異なり、めちゃくちゃ演技に集中されている姿を見て圧倒されました。

大人の方々に交じって一生懸命に太鼓をたたいておられました。

20分ほどのパフォーマンスに見入ってしまいました。

何かに打ち込んでいる姿はカッコいいなと思いました。

僕は今まで一度も太鼓のパフォーマンスを見たことがなかったので、新鮮でした。

教え子さん、頑張っておられました。

ご両親も見に来ておられ、お礼を言われました。

楽しいひとときを過ごしました。


これから機会あれば、また見に行きたいと思います。

明日から塾が始まります。

短い3学期になりますが、3学期も勉強頑張っていきましょう!
2025年01月03日 16:54