チェッカーズ / 中学時代によく聴いたバンド
今日Youtubeをなんとなく見ていると、元チェッカーズのリーダー武内亨(たけうち とおる)さんの動画が出てきました。「あっ,なつかしい!」と思い、15分ほどの動画を見ました。
今の10代~30代の方々にはちょっとわからないかもしれないのですが、1983年ごろ、僕が小学5年生のころに、福岡県久留米市出身の若い男性バンド
「チェッカーズ」がデビューしました。 そしていきなり売れました。当時はものすごい人気でした。
僕は小学6年生の3学期に、女子友達から「佐伯、チェッカーズって知っとる?聴いてみて!」と言われたので、「歌のトップテン」という歌番組を見てチェッカーズの存在を
知りました。
当時富山県ではTBS系列のテレビは入ってなかったので、歌番組といえば「歌のトップテン」か水曜日の夜に入っていた「夜のヒットスタジオ」くらいしかありませんでした。
サッカー部の後輩にチェッカーズの熱烈なファンがいて、その後輩から当時、TDKのカセットテープにチェッカーズの曲を録音してもらい、僕も後輩の影響でチェッカーズをよく
聴くようになりました。
僕が中学生になっても、チェッカーズの人気はすさまじく、夜のトップテンの番組の中で1位~10位の中にチェッカーズの曲が3曲もランクインしていることもありました。
もともとチェッカーズは彼らが高校時代に福岡県久留米市で作られたバンドで、当時(デビュー前)は毎週末久留米でダンスパーティーがあり、そこで演奏していたそうです。
僕は中学時代3年間を通して、チェッカーズの曲を一番よく聴いていました。シングルはもちろん、アルバムも好きで、いまだに車の中でチェッカーズの曲をたまに聴いています。
個人的にはアルバム「フラワーチェッカーズ」の中に収録されている「時のKーCity」「君は恋のrock a バラード」あとは「ブルーパシフィック」「渚のダンスホール」という曲が
好きでした。何回も聴いていました。
中学1年生のときに英語の授業で(英語の先生は教員1年目の女性の先生でした)myという英単語を習った時に、先生が「myって私の、という意味だよ。先生が好きなチェッカーズ
の中に「ジュリアに傷心」という曲があるんだけど、その歌詞の中に「 帰ろうぜあの街角ドへ ハートブレイク oh my ジュリア」とあるから、皆で今日はチェッカーズの歌を
歌いましょう」ということになり、クラスのみんなでチェッカーズの「♪ジュリアにハートブレイク(傷心)♪」を歌ったのをよく覚えています。
当時のその英語の先生は高岡市伏木に住んでおられていて、伏木から岩瀬まで自家用車で通っておられました。
推測するに片道,朝だと1時間コースだと思います。
ボーカルのフミヤさんは圧倒的に人気があり、カッコよく前髪の一部が長い「フミヤカット」という髪型も当時流行っていました。
当時のチェッカーズの曲は作詞・作曲はチェッカーズではありませんでした。
作詞が売野雅勇さん,作曲が芹沢広明さんです。
僕が中学3年生に上がる前に発売されたアルバム「Go、チェッカーズ」からはチェッカーズのメンバーが作詞・作曲をするようになっていきました。
僕たちが修学旅行へ行く頃はチェッカーズの「I Love You さよなら」という曲が売れていました。
基本的に僕は歌手やアーティストを好きになるときは必ずといっていいほど、友達や後輩・先輩の影響を受けています。
浜田省吾のファンになったきっかけも、高校生のときに中学時代の友達の家に遊びに行くと、友達が「ハマショーいいよ。聴いてみてくれ」と言われ、それと同時に
高校時代の友達も浜田省吾のファンで彼から浜省のバラードアルバム「sand castle」と「J BOY」を借りたのをきっかけに聴くようになりました。
二人の友達に感謝です。
GLAYを聴くようになったのは、福光時代の高校生の教え子さんの影響を受けて。
倉木麻衣のファンになったのは中学3年生の女子生徒の影響を受けて。などなど。
さて、チェッカーズは残念ながらファンから惜しまれるように解散してしまいました。悲しかったです。
現在は,ボーカルのフミヤさんは弟さんのナオユキさんと二人で「F Blood」という名で活動されているはず。
チェッカーズのアルバムはCDを数枚持っていて、今でもよく聴いています。
ジュリアに傷心が一番よく聴いている曲になります。
チェッカーズを聴くと中学時代を思い出します。
思い出ソングがたくさんあります。
みなさんの思い出ソングは何ですか??
もしも会うことがあれば教えてくださいね!
2026年02月11日 14:17
