個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

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大学時代の塾講師をしていたころの話(大学3年生夏~3年生の終わり)

僕は大学2年生の終わり~大学3年生の終わりまで、新潟県三条市という所にある大手の塾で、中学生に英語・数学を教えていました。

昨日のブログのつづきを書かせていただきます。

大学2年生の終わり~僕は2つのクラスを担当させていただくことになりました。

そのうちの、あるクラスのことについて述べさせていただきます。

そのクラスの授業は、とても楽しく、1クラス8人くらいいたのですが、男女ともに半分ずつ、というクラス構成でした。

授業をしていても、私語をする生徒さんはいなく、むしろ僕の方から授業を脱線して、クラスの皆で笑って盛り上がる、というとても雰囲気の良い授業を毎回していました。

もちろん、僕自身も楽しく、そのクラスの授業があるときは、1日楽しい気分で過ごしていました。

授業のときは毎回10分くらい脱線して雑談をしたり、笑い話をしたりして、一体感ある授業をしていました。


 ところが・・・ある日のことです。当時1番仲の良かった女子生徒が、授業中ずっとおしゃべりをしていて、授業に集中できていませんでした。

僕は最初は「〇〇さん、俺の話聞いとる?」と軽く注意したのですが、無視。全く僕の言うことを聞かず、クラスの友達とおしゃべりをしていました。

彼女はとても良く話をする生徒さんで,僕に「先生、岡村孝子の「夢をあきらめないで」っていう歌知ってる?あの歌すごくいいんだよ。音楽の授業で歌ったよ。

”心配なんてずっとしないで、似てる誰かを愛せるから” っていう歌詞がすごく好きなんだ」 と言っていました。


とにかく明るくてなんでも話してくれる、そんな親しみのある女子生徒さんでした。

僕は話の止まらない彼女に、再び「〇〇さん、今,授業中だよ。勉強しようね」と注意したのですが、それでも話が終わりません。

僕はついに「このクラスどうなっとるん? 女子めちゃくちゃうるさいよ。男子だけで授業したいわ」と吐き捨てるように言いました。

するとその話続けていた彼女が突然泣き出しました。

クラスの雰囲気は一気に気まずくなり、その女子生徒は授業が終わるまでずっと泣いていました。

僕は「これはまずいことになったな。どうしよう」と焦っていました。


 そのクラスの授業は週に2回あったのですが、次の塾の日、その泣いていた彼女は塾を休みました。

その彼女なしで授業をしていた時、僕が「前回の授業はごめん。ちょっと言い過ぎた」と生徒さんに謝りました。すると1人の女子生徒が

「先生があやまることないよ。〇〇ちゃん、先生のことが好きなんさ。先生に話を聞いてほしくて話してたんだっけ、注意した先生は悪くないよ。

先生はいつもうちらの味方だっけ、悪くない。先生が言いたいことあったら、うちらに言ってよ。聞くよ」

 僕は何も言えませんでした。


泣いていた彼女は、塾に来てくれるようになったのですが、授業中の態度は変わってしまい、僕に話しかけることもなくなり、ノートもとらず、落書きをかいていたり

他の女子生徒と話したりしていました。

僕は「そのうち機嫌治ってまた前のように楽しく会話できるやろ」と思っていました。


しかし、僕がその塾を去るまでの半年間,彼女は僕と話すことはありませんでした。お互いに無視している、という状態が半年間続きました。

毎回塾があるたびに、僕は今まで一番楽しみにしていたはずのそのクラス授業が、最も苦痛な授業になってしまいました。


当時は僕は21歳。大学3年生でした。 その生徒とどうやって和解するべきなのかわからず、ただただ授業をしていました。

……  辛かったですね。どうしようもない気まずい雰囲気の中、授業だけを淡々としていました。


そんなある日のこと、僕がいつものように、授業が始まるので教室に入って、黒板をふと見たときに、黒板に大きな文字で

「死ね!」と書いてありました。

僕はびっくりしたのと同時に、ムカッときました。

僕はその「死ね!」という文字を消すことなく、そのままの状態で授業をして黒板に説明することを淡々と書いていきました。

生徒さんは、表情が硬く「先生怒ってるな」という表情をしていました。

 授業が終わり、生徒さんが帰った後、僕は上司に「こんなことを黒板に書かれてしまいました」と報告し、その黒板を上司に見てもらいました。

上司は絶句し、「これはひどいですね。でも佐伯先生も大人げないですよ。」と言われました。

その事件以降、僕はその塾へ行くのが嫌になってしまいました。


今まではとても楽しかったクラスだったのですが、女子生徒とは完全に決別。全く会話のない授業をするだけ、という日々が約半年続きました。

3月になり学年が上がるタイミングで僕は、その塾を辞めることにしました。

修復不可能。

とても寂しい気持ちを残して、僕はその塾を去りました。

大学4年生に上がる前の3月の話です。


何が良くなかったのだろう… 僕は塾の先輩とファミレスに行き、話を聞いてもらいました。

先輩は「そうらね。女子は難しいね。こればっかりは佐伯君にしかわからない苦しみだよね。まぁ佐伯君が辞めたいというのもよくわかるよ。いいよ。そんなに悩まなくても」

と僕をかばってくれました。

僕は「特に女子生徒と関わるのは難しいな」と痛感しました。あんなに仲が良かったのに、たった1日の出来事が原因でこんなことになってしまうのか…」

「女子生徒と,どういうスタンスで関わっていけばいいのだろう?」 僕は悩み考えました。

僕は「とにかく生徒を注意するときは、言葉づかい、あとは言い方に気をつけよう。万が一,気まずくなってしまったら、その生徒に謝ろう」と結論づけました。

多感な中学生(高校生)。言葉ひとつで、言い方ひとつで傷つけてしまう。

だからといって、全部が全部、俺が悪いわけではない。もともとは注意しても態度を改めなかった生徒も悪い。

必要以上に卑屈になる必要はない。堂々としていればいい、とも思いました。

ただ、女子生徒さんとの関りには本当に注意・配慮が必要なのだなと思いました。


PS:岡村孝子さんの「夢をあきらめないで」を聴くと、当時のことを思い出します。

言葉づかいには本当に注意しよう、と思っています。

友達と話すときもそう。「親しき仲にも礼儀あり」という言葉を意識しながら関わっていきたいと思っています。
2026年08月09日 04:01