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富山第一高校 2年生時代 / 和田秀樹先生の著書に出会う

高校2年生になりました。

勉強時間は1年生のときとそれほど変わらず、平日は1日2時間、土日は1日4時間勉強していました。

勉強時間が長い方ではありませんでした。

高校2年生の夏休み、魚津に住んでいる友達の家に何人かで遊びに行ったときのことです。その友達は「和田秀樹」先生の本を数冊持っていました。

和田秀樹先生とは、関西出身の方で灘高校から現役で東大の理科3類(医学部)に合格された方で、当時受験本をたくさん書いておられました。

その和田先生の本で友達の部屋に「偏差値50から早慶を突破する法」という本があり、僕はなんとなく10ページほど読んでみました。

……体に電流が走りました。「これはすごい本だな」と思い、実家に帰った後すぐさま本屋さんへ行き、その本を注文しました。

和田先生の本の中で一番衝撃だったのが、「大学入試は自分の得意科目の配点が高くて、自分の苦手科目の配点が低い大学を探せ」という文言でした。


たとえば、富山県立高校入試の科目別の配点は、英語40点,数学40点,国語40点,理科40点,社会40点で合計200点満点ですよね?

僕は大学入試の配点も、各教科100点満点(200点満点)なのかなと思っていました。

当時は僕は英語・数学・日本史の全国偏差値がだいたい60~63くらい。国語と生物は全国偏差値49。

英語・数学・日本史が得意で、国語・生物が苦手でした。

英語・数学・日本史の配点が高くて、国語・生物の配点が低い国公立大学をまずは探してみよう」と決め、教育学部の「センター試験の配点」「2次試験の配点」を

自分の興味があった大学順に徹底的に調べていきました。

まずは富山大学教育学部の配点を調べて紙に書いていきました。(当時の配点になります)

富山大学教育学部の配点は以下のようなものでした。

センター試験: 国語200点,数学(ⅠA・ⅡB)で200点,英語200点,日本史100点,生物100点 合計800点満点。

2次試験:英語・国語・数学の中から1教科を選んで200点。 合計でセンター試験+2次試験で1000点満点でした。

※僕の得意科目の配点は、英語200点,数学400点,日本史100点で合計700点。 

 僕の苦手科目の配点は,国語200点、生物100点で合計300点。

 得意科目:苦手科目の配点=700点:300点でした。

また、富山大学は「センター試験:2次試験の配点=800点:200点」 つまり「センター重視型の配点」になっていました。

センターが良ければ合格、センターでコケたら終わり。


このような調子で僕は金沢大学教育学部→信州大学教育学部→そして新潟大学教育学部を調べていきました。


そして「新潟大学教育学部小学校B課程」の配点を調べたときに、「ここだ!」と確信しました。


当時の新潟大学教育学部小学校B課程の配点は以下のようなものでした。

センター試験:国語150点,数学(ⅠAまたはⅡB)150点,英語150点,日本史150点,生物150点  合計750点満点。

2次試験:英語300点,数学300点 で2次試験は600点満点。 

センター試験+2次試験で1350点満点

※得意科目の配点は、センター試験+2次試験で

英語450点,数学450点,日本史150点で合計1050点。

苦手科目の配点は、センター試験+2次試験で

国語150点,生物150点で合計300点。

センター試験:2次試験の配点=750点:600点 / やや2次重視な傾斜配点です。

新潟大学教育学部小学校Bの配点は,僕の得意科目は1350点満点中の1050点(77.8%)

僕の苦手科目の配点は国語・生物で合計300点のみ(22.2%)

新潟大学教育学部小学校B課程は僕にとってはとても有利な配点になっていました。


僕は、「新潟大学で決まりだな。今日からは英語・数学・日本史を徹底的に勉強していこう。苦手な国語・生物は捨てよう。配点も22%しかない。」

と心に決め、高校2年生の夏休みからは英語・数学・日本史を中心に勉強の仕方を切り替えました。

この夏休みの体験(魚津の友達の家で偶然読んだ和田秀樹先生の本,蛍雪時代を調べて新潟大学に決めた体験)は僕の大学受験のターニングポイントになりました。

魚津の友達に感謝です。もしあのとき、偶然 和田秀樹先生の本を読んでいなかったら… 僕は富山大学を志望校にしていたと思います。

こうして高校2年生の夏休み~新潟大学の2次試験が終わるまで、僕は新潟大学を志望校に決めました。


新潟大学のセンター試験の数学は「数学Ⅰ・Aまたは数学Ⅱ・B」だったこともラッキーでした。

とりあえずセンター試験を受けて数学Ⅰ・Aか数学Ⅱ・Bの点数が良かった方」で150点に換算されるので、僕にとっては有利でした。


2次試験は英語300点、数学は当時の「代数幾何・基礎解析で300点」今でいう数学Ⅰ・A・Ⅱ・Bで300点」でした。

当時は1次変換・行列が2次試験の試験範囲に入っていました。

「新潟大学は俺にとっては好都合な大学や。絶対に新潟大学に行きたい。いや、新潟しか合格できる国立大学はない!

と思っていました。


僕にとって一番やっかいだったのが「日本史」でした。

当時は「代ゼミ菅野の日本史実況中継」という、代ゼミの菅野先生が「授業で話している言葉をそのまま活字にして、わかりやすくまとめてある受験本」がありました。

ただ僕は2年生のときは、その本の存在を知っていながらも特に気にしていませんでした。中身も全く読んでいませんでした。高3の11月に初めて読んで、後悔しました。

もっと早く菅野先生の実況中継を読むべきだったと…

当時の僕の日本史の勉強は、山川出版から出ている「日本史一問一答」という、日本史受験のバイブル本。この1冊のみ勉強していました。

毎日5ページずつ暗記していく、と決めてひたすら読んで、紙に書いて覚えていきました。

当時はその1冊のみを勉強して、進研模試では全国偏差値60~63くらいでした。

新潟大学の2次試験の数学は出題傾向がだいたい決まっていて、「ベクトル」「微分法・積分法」「1次変換」「数列」これら4単元が中心になって出題されていました。

僕は当時「数列」が苦手だったため、とりあえずは「ベクトル」「微文法・積分法」「1次変換」に絞って「チャート」を中心に勉強していました。


英語に関しては、新潟大学の英語は毎年のように「下線部和訳」「説明する問題」「英作文」こられ3セット以外の出題はありませんでした。

そのため、僕は本屋さんへ行き、長文対策の問題集(長文の入試問題が掲載されている問題集)を買ってきて、和訳の練習から始めました。


英作文に関しては、2年生の4月に学校で配られた桐原の「即戦ゼミ3」の第1章に書いてある問題文をそのままカードにして全部暗記しました。

単語カードにして300枚くらいだったかと思います。「桐原の即戦ゼミ3」は今でも人気のある問題集です。

ただ、こらら300枚の英作文を暗記するのは、かなり大変でした。来る日も来る日も英作文を書いて書いて、1文ずつ覚えていきました。

ただ、今振り返れば英語・数学に関しては青本・黒本・白本を「センター対策用」として解くべきでした。当時はそこまで勉強はできていませんでした。


PS:大学受験を振り返り、「和田秀樹先生の著書との出会い」がなければ、俺はどうなっていただろう?と思い返すことが度々あります。

魚津の友達に感謝です。和田秀樹先生の本は、今でも数冊持っていて、読み返すことは多いです。
2026年08月14日 03:34