現在地
34歳の時を最後に、先輩とはもう会えていません。当時は、かなり厳しいことを指摘されたなとかなり落ち込みました。
でも今、冷静に当時のメモを読み返すと、先輩のおっっしゃっていたことは、ずばり当時の僕のことを見抜かれ、的確な指導だったのかなと思います。
当時は毎週1回、先輩の家で7人くらいで集まり、先輩がいろんな話をしてくださっていました。
僕は、家庭教師を終えたあと、先輩の家に途中から参加させていただいていました。
僕は先輩が一生懸命に話されているのに、半分眠りながら話を聞いていました。
「佐伯、お前また睡眠学習しとるぞ?(笑)お前、人ん家に飯食いに来とるんか?しょーがねーの~」
と笑っていました。
とてももったいないことをしていたなと反省しています。
当時はまさか先輩が、僕たちとは全く違う、遠い世界の人になるとは思ってもいませんでした。
「とても面白い人だなあ」くらいにしか思っていませんでした。
先輩は毎回、「いかにして儲けるか」という話をされていたのかなと思います。熱く、かつ楽しくいろんな話をしてくださっていました。
前々回のブログのような、大変厳しいご指摘を受けたのが、先輩と話した最後の会話(電話)になりました。
今、先輩がどこにいて、何をされているのかは、わかりません。
当時は先輩は、小さな会社の社長をされていました。どこにでもいるような、「気さくで面白い人」という印象を受けていました。
ある日、ある人との出会いをきっかけに先輩はチャンスをつかみ、一気に僕たちからは遠く離れてしまったところに行かれました。
もちろん、今、僕が当時のように気さくに先輩に話しかけることはもうできません。
僕は今までいろんな人から𠮟責を受けてきました。もちろん、両親とは何回もぶつかり、「僕対両親」で激しく口論をしたことも何回もありました。
でも先輩から厳しく言われたことが、やっぱり20年近くたった今でも、強く心に残っています。
現在、僕は当時ととても似たような状況にあります。
どこの組織にも属さず、一人でこの先どうやって仕事をしていくのか?どこで仕事をしていくのかを日々、模索しています。
もちろん、誰かに相談する、ということはありません。僕自身の問題なので、僕自身で考え、悩み、解決していきます。
働くといことは、誰かのために貢献することかなと思います。
もちろん、働くことだけが人生のすべてではありません。
友達と楽しく過ごしたり、大切な人と過ごしたり、家族と過ごしたり、人によって生き方はさまざまだと思います。
あれから僕は本田健の本を読み始めていたのですが、途中で挫折してしまい、おとついのブログを書くまで本田健さんの本からは遠く離れていました。
今はYoutubeという、大変ありがたい媒体があるおかげで、いろんな人の話を、しかも無料で視聴することができます。
とても便利な世の中になったなと思います。
浜省にしても、当時はファンクラブに入り、2か月に1回届く会報に書いてあることだけが、唯一の浜田省吾さんに関する情報を知る貴重なチャンスでした。
今ではインターネットで「浜田省吾」と検索すれば、膨大な浜省に関する情報を手に入れ、無料で浜省のいろんな曲を聴くことができる時代になりました。
浜田省吾さんは、仕事とプライベートをきっちり分ける方です。サングラスを絶対にはずさないのも、プライベートと仕事をきっちりと分け、別別の生活を切り離すためなのだと思います。
もちろん本当のところはご本人しかわからないのですが、そのようなことをよく記事で見かけます。
浜田省吾さんがテレビに出る、ということも今までほとんどありません。この先も多分ないと思います。
Youtubeを通して、気軽に浜田省吾さんの情報がめちゃくちゃ入るようになりました。
本人は多分、半分はうれしい、でも半分は迷惑されているのかなと僕は勝手に思っています。
浜省は「僕は有名になりたいとは全く思っていません。自分の好きな音楽を通して、そしてコンサートを通して、僕との時間をみなさんで分かち合えたら、とても嬉しく思います。
つかの間の夜ではございますが、今夜は日ごろの仕事のことや学校のこと、家族のこと、いろんなことを一度忘れて、楽しい夜にしていただけたら、俺たちミュージシャンとても嬉しく思います。最後までどうぞよろしく!」と言って、コンサートが始まります。
毎回のコンサートで必ず浜省が言うのは「今の僕があるのは、毎回のコンサートを通して、僕の音楽を聴いてくださって、そして支えてくださっているみなさんんがいてくれるおかげです。もちろん、音楽が人の苦しみを救うとか、病気を治すだとかいうことはできません。
でも、今夜のコンサートを通して、少しでも今日来てくれた皆さんの気持ちに寄り添えたら、とても嬉しく思います。今度いつ会えるかは、わかりません。
その時までどうか、心も体も健康で、そして笑顔で再会できる日を、楽しみにしています。」
浜田省吾さんは、一見クールで、かなり「気難しい人」に見えます。
でも、僕の知る範囲での浜田省吾さんは、かなり面白い人だし、決して全面的に明るい、という方ではありません。
しょっちゅう行き詰まり、「自閉症になりました」みたいなことを言われています。
かつて「愛という名のもとに」というドラマが入っていたとき、「悲しみは雪のように」という曲が売れ、一時「浜省ブーム」が起きました。
当時僕はCDレンタルショップに行くたびに浜省のことがクローズアップされた記事を見かけました。
もちろん、テレビ番組からのオファーも山ほどあったことと思います。でも浜省は1回もテレビには出演されませんでした。
あとで知ったことですが、当時、浜省は極度のスランプに陥ってしまい、かなり精神的に疲弊していたそうです。
自分の知らないところで勝手に情報が出回り、今まで地道にコンサートのみで自分の音楽を楽しんでいたのに、急に世間に自分の存在が広く知れ渡ってしまったことに戸惑っていた
という話を聞きました。
「愛という名のもとに」というドラマの中で、浜省の曲が毎回流れていました。
でも再放送を見ると、すべて浜省の曲はカットされ、異なるBGMに切り替わっていました。本人からの要望だったのかなと思っています。
あるコンサートのときに「昔の話になりますが、一時僕の曲が売れたことがありました。全くテレビっていうやつは…」と苦笑いしていました。
ああやっぱりか、と僕は思いました。
それ以来、浜省の曲がテレビドラマやCMで流れるとういうことはありません。
コンサートでのみ、(ライブDVDでのみ)浜省の声を聞くことができます。
一ファンとしては「もっと儲けるために、少しはテレビに出て宣伝すればいいのに…」と思うこともありますが、どうやら本人には全くその気はないようです。
大好きなコンサートのみを通して自分の好きな音楽を届けたい、それしか考えていないのだと思います。
ここ10年ほど、浜省はアルバムを出していません。「歌詞が出てこない」といつも言っているように、多分今回もメロディーは作れるけど歌詞で苦戦されているのか?
そもそもやっぱり大好きなコンサートに集中されていのかなと、僕は勝手に思っています。
僕が最後に浜省のコンサートに行ったのは、5年ほど前にオーバードホールで行われた、ファンクラブ限定のコンサートです。
とにかくチケットが取れない・・・
浜田省吾さんは、僕のちょうど20歳上になります。今度の12月29日で74歳になります。
今のうちに聞いておかないと、引退してしまう!と焦っています。
今度こそ、浜省のコンサートに行きたい、と思っています。いろんな土地でのコンサートに申し込みたい、と思っています。
今の僕の生活の中では、やっぱり浜省の曲の存在は、特別なものであり、どれだけ浜省の曲に救われているのか?
言葉では言い尽くせないほど、感謝しています。
幸い、Youtubeのおかげで毎日気分の赴くままに、浜省のいろんな曲を聴いて、リラックスタイムを過ごさせてもらっています。
尾崎豊さんもそうですが、今でも熱狂的なファンが多く、絶大な支持を得続けています。
僕はそれほど尾崎豊さんの曲には詳しくはないのですが、いろんな本やネット情報で尾崎豊さんに関する情報を手に入れています。
浜省や尾崎について熱く語れる人とこの先出会えたらいいな、と思っています。
2026年09月28日 04:24
