個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

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2026年3月の記事:ブログ

富山大学合格おめでとうございます。

今日、お世話になっている方にお会いしました。

息子さんが富山大学に合格しました!と報告してくださいました。

息子さんが小学生のころからの長いお付き合いのある方で、高校受験は中堅進学校に合格され、そして富山大学に合格されました。

高校3年間部活動をしながらの現役合格だったので、すごいなと思いました。

僕は高校時代は部活には入っていませんでした。富山大学は受験しましたが、残念ながら不合格に終わりました。

なので、報告を聞いたときは嬉しかったです。

僕の周りには今年大学受験をされた、という友達は1人しかいなくて、多分国公立大学を受験されているかと思うのですが、

僕の方から聞くのも気がひけるので、まだ連絡はとっていません。

息子さんは,3年間東進(衛星予備校)へ通われていて、友達もとても熱心な人(親御さん)なので、合格されていることを願っています。


  大学生である娘さんが2いる僕の別の友達は、2人の娘さんのうちの1人は英語専攻のため、冬にイギリスへ短期留学、そしてもう一人は芸大のため同じく冬にフランスへ研修へ行かれたとのこと。

お金がいくらあっても足らんわ、と言っていました。

 大学はお金がかかるので、1人だけでも大変なのに2人も大学生、しかも2人とも私立大学。うわ~ってかんじですね。大変だ。



 さて,国公立大学へ行くのか?私立大学へ行くのかは、個人の得意教科にもよります。

3教科で勝負して私立大学を目指すのか?それとも5教科オールマイティに勉強して国公立大学を目指すのか?

もちろん経済的理由で否応なしに国公立大学を目指さざるを得ない高校生(ご家庭)もいらっしゃるかと思います。


よっぽど裕福なご家庭でない限り、普通は国公立大学を目指す高校生が多いかと思います。

学校のカリキュラムがそもそも国公立大学向きになっている場合もあり、富山大学に合格することを最大の目標にしている高校もあると聞きます。


 話は戻って、今日お会いした方の富山大学に合格された息子さんは自動車免許をもうすぐ取りに行かれるとのこと。

とりあえず最初のうちは富山市民なので、自宅から電車で富大へ通うそうです。

親孝行ですね。

僕は高校時代、もしも富大に合格したら、アパート暮らしをしたい、と親に言っていました。家を出たい、と思っていました。

中学時代に習っていた塾の先生が富山大学経済学部1年生の方で、群馬県出身の男の先生でした。

当時、僕は東高校へ行って富山大学に行きたいな、とおぼろげに思っていました。どちらの夢も叶いませんでしたが…

 
 高校生は中学生とは異なり、二度目の受験になります。

中学生とは比べ物にならないくらいしっかしていていて、志望校を選ぶとき、勉強の仕方、大学受験に必要な教科・配点などなど、考えなければならないことが

山のようにあります。

高校受験とは異なり、教科によって配点が異なるところが決定的に違います。


 僕もできることなら高校生にも教えたいと強く思っているのですが、肝心な学力が・・・

今年受け持っていた中3生の親御さん2人から「高校に進学しても先生に教えてもらいたいのですが」と依頼されました。

ものすごく嬉しかったっです。しかし肝心な学力が僕には足りないので、、泣く泣くお断りさせていただきました。

高校生を教えるのは本当に大変で、英語にしろ数学にしろ、全国偏差値が最低でも65~70以上はないと、ちゃんと教えることはできません。

一つでも苦手な単元があると、アウトです。どんな質問をされても的確に答えることができないと即,指導打ち切りになってしまいます。

できることなら高校生を教えたかった、というのが僕の本音です。


 自分が教えられないのならば、高校生を教えることのできる先生を雇えばいいのでは?

僕もそう思って数年前に、旧帝大を中退した、という経歴の65歳くらいの先生を雇ってはみたのですが…

大事な高校3年生の指導をしてもらっていたのですが、受験の天王山である夏休みを前に、いきなり辞めると言われ、無責任なことをされたので、もう人を雇うのは懲り懲りです。

生徒さんご家庭に多大なご迷惑をかけてしまいました。

自分のできる範囲で、中学生だけを大切に教えていきたい、と思っています。

さて、明日は富山県内の中学校は卒業式です。

そしてあさっては県立高校の合格発表の日です。

塾生が合格していることを願っています。
2026年03月12日 00:05

決断=実行 / 落合博満著

矢沢永吉さんの自伝「成り上がり」を読み終えました。

とても元気をもらい、背中を押してもらえるような本でした。

今は元プロ野球選手→中日ドラゴンズの黄金期を創り上げた,落合博満監督が書かれた本 「決断=実行」というタイトルの本を読んでいます。

落合監督は,2004年から2011年まで,中日の監督を務め,全ての年でAクラス入りを果たし(3位以内),4度のセリーグ優勝,

そして,2007年の日本シリーズ優勝を達成されています。

「オレ流」=落合というイメージがありますが、その言葉は決して落合監督を非難しているのではなくむしろその逆で、落合監督独自の野球センス、努力あっての

「オレ流」ということです。

この本を読むのは2回目です。

落合監督ならではの視点で野球について,監督業について、選手について、など多岐に渡り書かれています。

まだ3分の1ほどしか読んでいませんが、1回目に読んだ時に引いてある赤線に特に注意しながら読んでいます。

僕は今まで、原監督(元巨人監督),高津監督(東京ヤクルトスワローズ監督)、そして野村克也監督の本を読んできました。

どの本も興味津々で読みましたが、野村監督と落合監督の本が僕にとっては心に刺さることがたくさん書かれていました。

 落合監督の本「決断=実行」をまずは読破していきたいと思います。
2026年03月10日 11:32

我が高校受験を振り返って…

今日は僕の高校受験を振り返ってみたいと思います。

僕は高校受験で富山東高校を受験しました。

最後の三者面談のとき、担任に「富山東を受けようと思います」と言うと、担任の先生は「受けてみられ」とだけ言いました。

今思い返すと「大丈夫だと思うよ」という意味だったのだと思います。

僕が中3のとき、学校の進路相談は絶対的な立場でした。

落ちそうな高校を志望校として担任に言うと「ストップ」がかかった時代でした。

今とは大きく異なります。

僕はストップはかからなかった。

当時は40点×5=200点満点の点数で、富山東高校のボーダーラインは160点と言われている時代でした。

3年の3学期、僕は私立入試(富山第一高校)で素晴らしい結果を出しました。

苦手だった理科がとても簡単な問題にも救われ、僕は初めて理科で36点を取りました。

英語は39点でした。国語は22点でした。他の教科の点数は忘れました。

「奨学生」の資格をもらい、「特待生」の可能性が生まれたのです。

それくらい良い点数でした。


ふだんの実力テストは145点~155点くらいでした。東にはちょっと届いていない、という点数でした。

それが3学期に行われた実力テストで3回ともすべて159点という結果を出しました。

12月から始めた「1日5時間勉強」の効果が少しずつ現れてきていました。


一高の入試結果と実力テストの結果から担任が判断して「受けてみられ」ということになったのだと思います。


 倍率が決まりました。僕たちの世代は「第2次ベビーブーム」ということもあり、子どもたがくさんいました。

僕の受けた富山東高校の倍率は、定員400人に対し、455人の応募がありました。

倍率にして1.14倍でした。55人も落ちるのか…と当時の僕は思っていました。

そして迎えた本番。

僕は初日にコケてしまいました。


 入試が終わって学校へ登校して、朝の学習時間に、富山工業高校を受けた友達が「俺29個も間違えてしまったわ」と言っていました。

……これを聞いた瞬間僕は「落ちたな…」と思いました。僕も入試で合計29個間違えていたからです。

富山工業を受けた友達と同じ点数。

それで東に受かるはずがない。

当時は県立高校の入試問題は1教科30点×5教科=150点満点の試験でした。

僕は理科と国語で失敗してしまい、結果不合格。


 今みたいに点数開示の制度もなかったため、自分の入試の点数は何点だったのか? 知ることはできませんでした。

でも多分ダントツに悪い点数で不合格だったのだと思います。

僕の中学校から富山東高校を受験したのは17人いました。その中で不合格だったのは僕1人だけでした。

春休みはとてもみじめな思いをして過ごしていました。


そんな失意の中、3月24日に富山第一高校で「特待生選抜試験」と「面接」が行われました。

この試験に合格すると、特待生=授業料免除 になります。

僕の学年は特待生試験を受けた全員が合格して、特待生になれました。

一高の入試で良い結果が出て良かったなと思いました。


 今振り返ると、僕の場合は「中1時代にほとんど勉強をしなかったこと」が敗因でした。

僕は当時高校入試の問題は「3年生のときに習った単元のみ」が入試に出題される、と思い込んでいました。

でも現実は「1年生で習ったこと30%」「2年生で習ったこと30%」「3年生で習ったこと40%」くらいの割合で入試問題は構成されていました。

そんなことさえも知らず、僕はのんきに構えていたのです。


僕は現在,「僕と同じ失敗をしてほしくない」と思い、今の寺子屋では1年生でも解ける入試問題は少しですが解いています。

2年生になると、「定期テスト対策70%」「高校入試用の勉強30%」の割合で塾の授業を行っています。

たとえば、今の時期は期末テストも終わり、ある程度融通が利くので、「1・2年生の入試問題」をピックアップして解いてもらっています。

やはり数学と英語の勉強がメインになっています。

地理は世界地理の入試問題をバンバン解いています。

ある程度の基礎ができたら、社会は「即入試問題」を解いて、対策しています。

僕と同じ運命をたどってほしくないな、と思いながら日々授業をしています。
2026年03月07日 13:24

高校入試お疲れ様でした。

今日で富山県立高校入試が終わります。

受験生の皆様、ご家族の皆様,大変お疲れ様でした。

この日のために一生懸命に勉強してこられました。それも今日でいったんは終了です。

思う存分好きなことをされてください!

TikTokを見るのもよし,Youtubeを見るのもよし、ライン三昧もOK,ゲームをするのもよし,自分を解放してあげてください。


 僕自身の話になってしまいますが、僕は高校入試が終わった日、家で約1年ぶりにファミコン(ゲーム)をしました。

中3の4月に、あまりにも僕がゲームばかりして、勉強をしなかったため,父親にゲームを取り上げられてしまい,ゲームができなくなってしまいました。

その日以来のファミコンでした。

「ロードランナー」というゲームをこれでもか!というほど楽しみました。

中3生の方々にとっては、大半の方が高校入試という「人生初の試練」だったことと思います。

合否に関係なく、今日まで苦しい思いをして日々勉強されてきたことは,必ずどこかで役に立つときが来ます。

僕が崇拝している, 元代ゼミの超人気講師の吉野敬介先生は、常々

「受験なんてくだらない。でもその受験のために一生けん命に頑張ることは決してくだらないことではない」

とおっしゃっています。

とりあえず当分(3月いっぱいくらいまで)は自分の好きなことをして過ごされてください。

ご家族の方も大変お疲れ様でした。

塾への送迎,部活の試合のために弁当を作られたこと,夜遅くまで勉強されているお子さんのために夜食をご用意されたこと、

模試の結果に一喜一憂されたことなどなど。


それも今日でいったん終了です。

しかし次は高校生活がスタートしますね?

あと一頑張り、お願いいたします。


僕の今の気分は・・・とりあえず今年も昨年同様、無事最後まで生徒さんに勉強を教えられたことに安堵しています。よかった。

僕自身もしばらくは燃え尽き症候群のようになり、心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになりますが、今度は1・2年生の授業が待っています。

心新たに指導に当たりたいと思っています。

塾生といっしょにまた1年、頑張っていきたいと思っています
2026年03月06日 07:25

息詰まったときは・・・

僕は年に数回行き詰ってしまうことがあります。

ただ、対策も決まっています。

それは「海を見ること」です。

僕の場合、実家から岩瀬浜まで車で約10分,八重津浜まで車で15分で着くので、岩瀬浜か八重津浜の浜辺で階段に座って海を見ていると

だんだん気持ちが落ち着いてきます。

先週、久しぶりに岩瀬浜へ行って来ました

海を見ながら長渕剛さんの「JEEP」という曲を聴いていました、

曲を聴き終わるころには元気が出てきました。

 ……海っていいですね。
2026年03月05日 08:56

塾生との別れ

もう県立高校入試までわずかです。

昨日、1人の塾生が最後の授業を終え、去って行かれました。

彼女は小学5年生から寺子屋て来てくれていて、5年間通ってくれました。

親御さんにも本当にお世話になっていて、昨夜から今もですが、やっぱり寂しい気持ちになります。

姉妹で寺子屋へ通ってくれていました。お姉ちゃんも中学・高校時代と寺子屋へ通っていただき、昨夜自宅へ直接挨拶に行って来ました。

毎年のことなのですが、3月~4月にかけて「燃え尽き症候群」になります。

どこで塾をしていてもそれは同じで、親しくさせてもらった生徒さんや親御さんと別れるのは辛いものです。

僕が中学生だったとき、2・3年生のときは同じ担任の先生でした。僕が卒業するとき、その先生は48歳でした。

女性の先生で大変親しかったのですが、今になってその先生(女性)の当時の気持ちが少しだけわかる気がします。

教員もそうですが、塾講師は寂しい職業だと思います。

毎年3月は親しい生徒さん・親御さんんと別れることになります。

しばらくは寂しい日々が続きそうです。
2026年03月04日 02:43