個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

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寺子屋学習館・伏木時代【後編】

夏休みが終わり2学期に入りました。中3・高3生はおのずとやる気が増してきます。

 新しく中2生が2人入塾してくれて、寺子屋は9人体制になりました。当時の時間割は、夕方5時~7時までが中3生の授業(週に3回),19時~23時までが高校3年生の授業(週に3回)でした。

 今と比べると高校生の場合は英単語を覚えてもらうこともなく、単語テストをしていたわけでもありませんでした。もっと単語に力を入れるべきだったなと反省しています。

数学は当時は基礎を中心に学習していました。今と異なるところはマーク模試(青本や黒本など)をほとんど解いていなかったところです。これも反省点になります。

センター試験(当時)用の勉強をもっとするべきだったなと反省しています。


 中3生は新研究を中心に学習していました。頑張り表がまだ当時はなかったので、やや「手さぐり」の中、勉強を進めていました。

秋が過ぎ、冬になると1人の高校3年生が入塾してくれます。もう受験まで日がないのですが、来てくれました。

こちらの生徒さんが中1の妹さんを連れてきてくれました。そしてその妹さんが友達(中1生)を2人連れてきてくれました。

中1生が入塾されたことによって、寺子屋はにぎやかな、少しほのぼのとした雰囲気の塾になりました。中3・高3生の授業は「真剣・本気モード」の授業が続き、中1生の授業は

「ほんわかアットホーム度満点」」の雰囲気授業になりました。


冬休みに入り、いよいよ高3生は「センター試験」に向けラストスパートを切ります。英語・数学を一生懸命に勉強されていました。

そしてセンター試験が終わり、自己採点。 一番最初に入塾してくれた新湊高校3年生の女子の生徒さんが自己採点の結果「秋田大学教育学部」A判定を取ってきました。

2次試験は「数学のみ」 他の高3生2人は「私立大学志望」に変えていました。

2月に入ると高3生は「私立大学受験ツアー」に入ります。「名古屋女子大学」「中京女子大学」「岐阜聖徳大学」など、岐阜・名古屋方面の大学を受験されていました。

一方、中3生は最後の全県模試を受け、志望校(県立高校)を決める時期にさしかかっていました。

 大門高校,伏木高校,有磯高校(今はありませんが)をそれぞれ受験することが決まり、勉強の日々が続きます。

そして大学入試が終わり、県立高校入試も終わりました。

高校3年生は「名古屋女子大学」「中京女子大学」にそれぞれ進路が決まり、そのあと「秋田大学」を受験した生徒さんが秋田大学に合格しました。寺子屋1人目の「国立大学合格者」です。

中3生は「大門高校」「有磯高校」にそれぞれ合格しました。伏木高校を受験された生徒さんは残念ながら不合格でした。

こうして怒涛の1年目が終わりました。

この1年間がむしゃらになって授業をしてきて、入試が終わり、僕は「やっと終わった…」と疲れ果てていました。充実感もありましたが、疲れていました。


 ここで大きな壁にぶつかってしまいます。それは「経営難」という大きな壁です。

1年目が終わり、僕の全財産はなんと10万円を切っていました。


当時は「借り入れをする」という発想が全くなかったため、悩みに悩んだ結果、僕は泣く泣く「寺子屋伏木校」を閉鎖することに決めました。

残された生徒さん・親御さんには大変申し訳ないことをしてしまいました。1年間頑張ってきて、せっかく「実績」も出したのに、僕は閉鎖する決断をしました。


  こうして僕の初めての個人塾「寺子屋学習館・伏木校」は1年で幕を下ろしました。

今までの人生の中で「最も忘れられない1年間」でした。最も働いた1年間でもありました。
2023年08月17日 06:30

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