個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

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社会と理科のシケ対ファイルを作っています。

昨日から社会と理科のシケ対(試験対策プリント)ファイルを作っています。

社会は1.日本地理 2.世界地理 3.安土桃山時代まで 4,開国前まで 5、開国後~現代 までに分類して、入試問題プリントをファイルに分類して入れています。

昨日の夕方から始めて、今もやっています。

かなりの量のプリントがあるので、古すぎる入試問題プリントは処分していっています。2018年以降の入試問題を(理科の場合)単元ごとに分類してファイルに入れています。

理科・社会が終わったら、次は数学のシケ対を分類してファイルに入れていきます。


年末あたりから感じていた「入試へのプレッシャー」はもうないので、比較的心に余裕をもって作業しています。

入試問題以外のプリントは、また別のファイルに分類してファイリングしています。

プリントで埋もれている部屋もだいぶ片付きました。あと少しで「プリント整理」が終わります。


4月に中教研テストがあるので、中教研に向けて対策授業もしていきます。あとは生徒さんがわからない所を集中的に補強していきます。

新中学1年生に関しては、数学「正負の数」の予習を今のうちから始めておきます。

中学へ入ると、授業のスピードが小小学校とは全く異なるので、今のうちに少しでも先取りをしておきたいと考えています。

今日の午前中は富山市での家庭教師でした。

先ほど帰ってきて昼食を食べ、プリント整理の続きを3時すぎまでします。それから大門へ移動になります。

新年度も頑張ります。

PS:3/3からずっと続いていた「味覚障害」がようやく治りました! 食べ物がおいしいです。味がわからなかったのは、すごく辛かったです。

耳鼻科に行ってから薬を飲んで2日で治りました(もって早く耳鼻科に行くべきでした)

外をウオーキングするときは今度からはマスクをします。
 
2024年03月17日 12:37

新年度始動!

昨日の合格発表までで、2023年度の塾の仕事はひと段落つきました。

今日からは今日から始まる「新年度」に向けて準備をしていきます。

3月・春休みは新2年生は1年生の総復習,新3年生は1・2年生の総復習をこれからしていきます。

1年生(新2年生)は「火成岩・地層・化石・柱状図・地震復習プリント」を今は解いてもらっています。3学期の理科の復習になります。

数学は「立体の体積・表面積・円すいの展開図のおうぎ形の中心角を求める問題,円すいの表面積」のまとめプリントを解いています。

数学はこれらが終わると次は苦手の生徒さんが多い「1次方程式の応用問題(文章問題)」を解いて復習していきます。


2年生(新3年生)は数学「1次関数の基礎・利用(応用問題)」を解いていきます。入試に必ず出る単元で、マスターするまでにかなり時間がかかります。

地理は「世界地理・日本地理」の学習が終わったので、塾教材を解いた後は「入試問題」でできる範囲の問題を解いていきます。

英語は1・2年生の文法の復習をしていきます。一般動詞の活用(現在形ー過去形―過去分詞形」を単語カードにして覚えてもらっています。4月に入ると単語テストを行います。

新中学1年生は「正負の数」の予習を今のうちにやっていきます。少しでも学校の授業よりも進んでおきたいので、基礎から学習します。


高校生は「今、苦戦している単元」の理解から学習していきます。高校生は完全マンツーマン指導(1対1:塾での家庭教師)になります。

わからない所はどんどん質問されてください。


合格発表から一晩が過ぎました

気持ち新たに「勝ってかぶとの緒を締めよ」の精神で授業準備をしています。

今日は塾は休みなので、1日かけて塾で使うプリントを作って、解いていきます。

「準備こそが大事」どの仕事にも当てはまると思います。塾も例外ではありません。

自分で問題を解いてみて「多分ここでつまづくだろうなぁ」と予測を立ててから授業に入ります。

新学期(この時期のことを0学期というらしいです)で差がつきます。

塾生の成績が1点でも上がるよう、行動で示します。

ps:サッカー日本代表に、再び長友ゆうと選手が選ばれました。うれしかったです。頑張れ長友!⚽
2024年03月16日 09:35

ホッとしました。

今塾から帰ってきました。

今年の高校受験。塾生2人とも無事、県立高校に合格されました。

知らせを聞いた時はホッとしました。

塾生の頑張りに感謝いたします。

おめでとうございます。寺子屋へ通っていただき、ありがとうございました。
2024年03月15日 22:48

今日は合格発表の日です。

今日3月15日は県立高校入試の合格発表の日です。

受験生,受験生のご家族・ご親族・塾の先生など、緊張していらっしゃることと思います。

僕も塾生の結果が気になって落ち着きません。

 結果がどうであれ、受験生には高校へ進学されても,今まで通り頑張ってほしいと思います。

大切なのは、発表後の「次の高校3年間」です。

高校3年間での頑張りが大学入試,就職試験に結びつきます。

高校入試がゴールではありません。新たなスタートです。

中学3年間頑張ってきたことに自信を持って、次の高校生活を充実したものにしてほしいと思っています。


 このブログで何回も述べていますが、僕は高校受験に失敗しました。

富山東高校を受験して不合格でした。家族で泣きました。

不合格になってから2週間くらいは落ち込んでいたように思います。

好きな人に告白して、フラれたような感覚だったと思います。失恋したのと同じくらい落ち込みました。

でも4月になり、いざ高校生活が始まると、新しい友達ができたり、新しい勉強に打ちのめされたりしているうちに、立ち直っていました。

そして3年後に笑って高校を卒業できました。

僕の場合は高校入試に失敗して正解でした。

もし高校入試で合格していたら、絶対に調子にのって「俺はやればできる」と思い込んで、高校3年生の秋ごろまでのんびりしていたと思います。

その結果、大学受験は思わしくない結果で終わっていたと思います。

多分、今の仕事もしていないと思います。違う仕事をしていたと思います。


そう考えると、高校入試よりも大学入試の方がはるかに大変だったし、高校3年間の方が中学3年間よりも勉強した3年間でした。


 合格発表まであと7時間半・・・

合格していても、万が一不合格だったとしても、胸を張って高校へ進学されてください。

新しい環境に慣れて、新しい友達を作ってください。

中学時代とは違う「授業の速さ」についていけなくなったら、いつでも寺子屋へお越しください。


今日を区切りに、明日からは高校生活へ向けて心の準備をしてください(勉強はある程度で良いと思います)

新しい高校生活が充実したものになるよう、陰ながら応援しています。
2024年03月15日 04:50

ご卒業おめでとうございます! /  尾崎豊 / 卒業

今日は富山県内の中学校の卒業式です。

3年生の生徒さんにとっては、通いなれた通学路も今日が最後になりますね?

寺子屋の生徒さんに通学にどれだけの時間がかかるか聞いてみました。

大門中の生徒さんは歩いて10分くらい、自転車で15分くらいなど、さまざまな答えをいただきました。

射北中の生徒さんは、自転車で30分くらいかかります、と言っておられました。遠いですね!

かなりの距離があるなぁと思いました。


僕の中学校までの通学路は、学校まで徒歩で15分くらいでした。片道約1.2kmくらいでした。

いつも朝7:55くらいに家を出発していました。友達と2人で話しながらの通学でした。


今日は今のところ天気が良くてよかったですね。素敵な卒業式になりそうですね。

中学1・2年生にとっては、先輩との最後の対面の日になりますね?

少し寂しい日になりますね。

僕は卒業式(中3のとき)、退場の音楽「マイウエイ」を聴いて少しだけ泣きました。

友達と離れ離れになるのが辛かったのをよく覚えています。

一番仲の良かった友達とは受験した高校が違ったので、(2人とも不合格にならない限り)別々の進路になるため、寂しい思いをしていました。

彼は富山北部高校へ、僕は富山第一高校へ進学することになり、離れ離れになってしまいました。

幸い、高校へ進学しても月に1回は会っていて、今も仲が良いのでよかったのですが、当時は寂しい思いで卒業式を迎えていました。

「中学・高校の友達は一生の友達」を言う言葉を聞いたことがあります。

中学時代の友達をこれからも大切にされてください。


今日が卒業式ということは、明日は県立高校入試の合格発表の日になりますね?

合格発表がとても気になり、卒業式の気分には浸っていられない、という卒業生も多いことかと思います。

今日だけは卒業気分に浸ってください!

ご卒業おめでとうございます。

PS:中学生のとき、卒業式間近に斎藤由貴さんの「卒業」という曲をよく聴いていました

今は尾崎豊の「卒業」をこの季節になると聴いています。

初めて尾崎の「卒業」を聴いた時、「この世の中にはこんな曲もあるんだなぁ。」と思いました。

何かをせずにはいられない、そんな気持ちになりました。
2024年03月14日 06:32

国立大学合発表前に僕たちは・・・

高校3年生の3月上旬。新潟大学の合格発表の前、僕は高校時代の友達と3人で、「合格発表まで落ち着かんの~」と言っていました。

卒業式が終わり、新潟大学の合格発表までの数日間、僕と友達は発表前の「落ち着かない日々」を送っていました。

そんなとき僕を含め3人で、とりあえず呉羽にある城山へ登り、富山平野の景色を見下ろしながら僕が「今から金沢までチャリで行くか??」と提案しました。


今も仲の良い友達は「いいねぇ。行こう!」と賛成。もう一人の友達は「お前らにはついていけん。行ってくれ。俺はやめておくわ」と言い、家に帰っていきました。


 僕と友達2人は、「よし、じゃあ今から行こうぜ!もやもやして落ち着かんし発散するか!」と言い、富山駅を正午ごろにスタートしました。

地図も持っていなかったので「とりあえず道路の青い看板見ながら行こうぜ」と言い、何も考えずに金沢へ向かって行きました。


 どの道をたどって金沢へ向かったのか、今でも覚えていないのですが、8号線ではなかったことは確かです。

多分、国道359号線か、適当な道を看板を見ながらチャリでひたすら進みました。

合格発表前の僕たちは2人とも私立大学は不合格だったので、この時点ではまだどの大学にも合格していませんでした。


 当時のその日に撮った写真を見返すと「庄川」と書いてある看板の前で写真を撮っており、(どの道なのかはわかりませんが)庄川の地点で休憩をして、そこから再び金沢へ向かい自転車で進みました。

天候は晴れで暖かく、僕と友達2人は「なかなかいいね!」と言いながら田舎道をひたすら金沢へ向かいました。


 ところが途中でとんでもない山道にさしかかり、この山道(多分くりから峠だったのだと思います)で僕たちは大苦戦しました。

自転車をひいてひたすら山道を1時間くらいかけて進みました。


石川県に入ったのは夕方になっていました。

それからも僕たちはひたすら金沢へ向かいました。 

そしてようやく午後6時前に僕たちはなんとか金沢駅へ着きました。ちょうど「千代の富士」が相撲をとっていたので、「結びの一番」だったのだと思います。

正午に富山駅を出て夕方6時前に金沢駅に着きました。 約6時間の「格闘」でした。


疲れ果てていた僕たちは金沢駅に自転車を止めて、そして電車で金沢駅から富山駅へ帰りました。


無事家に着いて父親に「金沢までチャリで行ったんやけど、金沢駅にチャリ置いてきたから、取りに行ってくれんけ?」とお願いしました。

父は半分あきれながら「お前、発表前に何しとるがよ!」としかられましたが「発表前で落ち着かんから金沢まで行ったんやちゃ」と 言い訳をしました。

そしてその日の夜、ワンボックスの車で父と二人で金沢駅まで行き、2人分の自転車を車に乗せて、無事帰ってきました。


昨日の北日本新聞に、高校別の大学合格者の人数が一覧表になって掲載されていました。

当時を懐かしく思いながら記事を見ました。

いっしょに新潟大学を受けた友達は、福岡県にある公立大学へ進学することになりました。

先日、その友達と彼の奥さんと3人で食事会を開き「そういうこともあったね!」と昔話をしていました。

今のこの時期、たいていの高校3年生はもう進路が決まっていることと思います。

大学へ進学される生徒さん、専門学校・短大へ進学される生徒さん、就職される生徒さん、もしかして浪人されることになった生徒さんなど。


4月からは仲間とは離れ離れになる生徒さんが大多数かと思います。富山県を離れる生徒さんもたくさんいることと思います。

どの道へ進んでも新たなる目標に向かって突き進んでください!
2024年03月13日 07:39

久しぶりに日記を読み返しています / Kiroro 「フォトグラフ」

高校入試が終わり、ひと段落ついたので、前から読み返したかった日記を読み返しています。
2018年2月22日からの日記なので、かなりの量になるのですが、とりあえずA4用紙20枚分くらいだけ印刷して、読み始めています。

ちょうど寺子屋を始める少し前からの日記になります。

僕は高校1年生の10月から日記を書いています。当時は大学ノートに書いていました。いつからか忘れたのですが、今はパソコンに打ち込んで書いています。

パソコンの方が楽だし、自筆だと字が読みにくいため、パソコン日記に切り替えました。

基本、日記は誰に見せるものでもないので、思いのままに気軽な気持ちで書いているため、「あぁ、俺はこんなことを当時考えていたのか」とか「こんなことに傷ついて腹を立てていたのか」「こんなことで喜んでいたんだなぁ」とかが客観的にわかるので、読み返すのは楽しみの一つになります。

 基本的に僕は感情の起伏が激しいので、「普通の人が1落ち込むことで10落ち込み、人が1喜ぶことで10喜ぶ性格」と過去に専門家の方から言われたことがあります。

その通りだと思います。でもそれは「悪いことではなくて、感性が豊かだということですよ」とも付け加えてフォローされて安心したのを覚えています。


 たしかに僕は過去のこと(特に中学時代~大学時代)までのことを非常によく覚えていて、友達からよく「よくそんなことまで覚えとるね?!」と言われます。

日記をつけているから?そういうわけではなく、自分にとって印象深かったことを強烈な記憶として覚えているだけです。

 大学時代は一番感性が豊かで、「俺は将来こんな小学校教員になりたい!」みたいなことを毎日のように大学ノートに書いていました。


 大学1年生の夏休みに富山に帰省してきたときに、初めて「塾講師」のアルバイトをしました(呉羽にある塾で中学1年生のクラス授業を担当していました)

大学1年生の秋から週に3回、新潟県吉田町や三条市(電車を2回乗り換えて片道1時間かけて三条にある塾まで通っていました)に中学生の塾講師のアルバイトをしていました。


 富山に帰省してきたときは「季節販売」というニックネームのもと「夏期講習」「冬期講習」「春期講習」」の非常勤講師のアルバイトをしていました。


 当時は塾であったことなどを克明に日記に書いており、「○○さんにこんなことを言ったらこんな反応が返ってきた」とか「〇〇君にこんな話をしたら喜んでもらえた」など、とにかく細やかに塾であった出来事を書き記していました。

 今はもう当時の日記はないのですが(引っ越しのときになくしてしまいました)大学2年の冬~大学3年の夏まで通っていた三条市にある塾での経験は、今になってとても役にたっています。

 塾講師以外のアルバイトもいくつかしました(単発の日雇いのバイトばかりです)

 その日雇いのバイトをするたびに、「俺には絶対にこのバイトを本業にはできない」と思っていました。

「将来は絶対に小学校の教師になる!」ととにかく燃えていました。自分でもよくあんなに情熱的になれたなぁと思っています。


 小学校での教育実習は「地獄の3週間」でしたが、振り返れば「よい経験」だったなと思えます(でも二度と小学校の教員になりたい、とは思えませんが…小学校の先生はすごいと思います)

教育学部に通っていたため、周りには同じように「教員を目指している人たち」がいました。けっこう「熱い人」が多かったように思います。

当時の日記がもう手元にないのは痛いですが、20代~30代にかけての日記は自分でも恥ずかしくなるほどの「熱い思い」が書いてありました。

今は当時ほどではないのですが、でも友達からは「佐伯は変わらんねぇ」とよくからかわれます。

「高校時代で成長止まっとるよね(笑)」と言われます。

僕もそう思います。でもそれは恥ずかしいことではなく、「そんな自分もありだよなぁ」と思っています。


 日記を書くことはストレス発散にもなります。

毎日書こうとするから続かないのであって、1週間に1日だけでも書いてみるなど、自分のできるペースでだらだら日記を書いてみるのは良いことかもしれませんね。


PS:ちなみに僕は友達からもらった年賀状」を見るのも好きです。

友達の近況報告が書いてあったり写真が載っていたり…。励みになります。

Kiroroの「フォトグラフ」という曲を聴くと,学生時代のことをなつかしく思い出します。

♪自由すぎたあの日に帰りたくなるけど 振り返ればもう誰もそこにはいない  まっすぐ手を伸ばしても  ふれることはできないあの日 なつかしい手紙何度も読み返してた♪
2024年03月12日 05:00

セシル / 浅香唯 / 高校1年生:冬

僕が高校1年生のとき、浅香唯という名のアイドルがいました。

彼女は,ドラマ「スケバン刑事」の「3代目:浅宮さき」役を演じていました。

僕が高校1年生のころ、浅香唯の人気はピークでした。 「Believe  Again」,「C-Girl」など ヒット曲を連発していました。

そして僕が高校1年生の冬に浅香唯は「セシル」」という曲をリリースしました。

僕はこの曲がすごく好きで、

「人は大人になるたび弱くなるよね、ふっと自信をなくして迷ってしまう。だから友達以上の愛を探すの。今夜私がそれになれればいいのに…」という歌詞がすごく好きでした。

高校1年生のとき、僕は1年19組だったのですが、芸術の時間(習字の時間)に、18組と19組の合同授業が毎週金曜日にありました。

その合同授業のときに、18組に,とてもよく話す明るい女子がいました。

僕は「よく話してくれる女子」がタイプだったので、毎週金曜に彼女と同じ習字の授業を受けるのがすごく楽しみでした。

そのころ、浅香唯の「セシル」という曲を毎日5回以上聴いていた僕は彼女と楽しそうに話している18組の男子がすごくうらやましくて、「彼女と話してみないなぁ」とずっと思っていました。


 結局、彼女とは一度も話すことなく芸術の授業が終了してしまい、高校1年生の学年は終わりました。


HOWEVER(しかしながら)、高校2年生になったときに、その彼女と僕は同じクラスになることになりました。とてもうれしかったのを今でもよく覚えています。

2年生の6月1日に、山王祭というのがあって、男子5人・女子5人くらいで山王祭に行きました。その女子メンバーの中に彼女もいました。

僕は「○○と話すチャンスだ!」と思い、緊張しながらもワクワクしていました。

 ところが、いざメンバーが集合すると、僕は彼女とは違う、別の女子と話すことが多くなってしまい、結局そのときも彼女とは話せませんでした。


浅香唯の「セシル」を聴くと、当時の奥手だった僕を思い出します(今でも変わっていませんが…)

結局高校3年間、僕は彼女とゆっくりと向き合って話したことはほとんどなく、クラスメイトとして高校3年間を過ごし、卒業しました。

 
今日、部屋の掃除をしながら曲を聴いていたら、浅香唯の「セシル」が流れてきたので、思わずこのブログを書きました。

高校時代は本当に楽しかったです。大学時代も楽しかったのですが、高校時代のセンチメンタルな思い出は、いつまでも心に残っています。


PS:高校入試が終わって、今の中3生は4月から高校生になりますね。

  友達を作って、楽しい高校3年間をお過ごしください。
2024年03月10日 13:30

高校入試:数学の問題を振り返って。

今朝、新聞で昨日の数学の入試問題を見てみました。

2次方程式の応用問題が新たに出題されていました。

2次方程式の応用問題が富山県立高校の入試で出題されるのは、かなり久しぶりなのではないか?と思います。

過去10年さかのぼっても出題されていないのではないのでしょうか?

出題傾向が少し変わりました。

1次関数の応用問題は毎年出ているのですが、今回も「利用料金問題」は出題されていませんでした。

他県では普通に出題されているのですが、なぜか富山県ではここ10年、一度も出題されていません。不思議だ。

代わりにまたしても「速さ・距離」問題が出ていました。富山県はこの手の問題、本当に好きですね。なぜだろう・・・

箱ひげ図の単独問題が出題されていました。そろそろ出そうだな、と思っていたらやっぱり出ました。

2次関数のグラフ問題は毎年のように出題されていたのですが、今年は出題されていませんでした。

規則性問題は今年も出題されました。年々難しくなっているような気がします。対策が大変ですね。

大問5「図形問題」と最後の「円」の問題も毎年のように出題されていました。

問題量が多く、最後の「円」問題は難関校志望以外の受験生にはかなり難しかったと思います。

そもそも最後の問題まで時間内に到達するのか?と思います。

毎年なのですが、最後の問題は難易度が極端に難しく、「捨て問題」としてスルーして、できる問題を確実に解いた方が賢い選択だと思います。

難関校を受験される場合以外の受験生には最後の「円」問題は(1)の証明問題だけ部分点ねらいで取り組み、あとの問題はスルーでOKです。

富山県の数学の入試の平均点は40点満点中、20点前後で、5教科の中で一番平均点が低くなっています。

数学が苦手な受験生には「富山県の数学」はかなり厳しいと思います。ふだんから数学の勉強をしっかりと取り組み、弱点を少しでも少なくする努力が必要かと思います。


 とりあえず入試が終わりました。3年生におかれましては、本当にお疲れ様でした。新聞記事を読んでいても、「友達と遊びたい」など書いてありました。

思う存分、友達と遊ばれてください。

高校へ入学されたら、また頑張りましょう。
2024年03月09日 12:48

高校入試お疲れ様でした。

今日でようやく高校入試が終わります(今は朝なので、まだ終わっていませんが…)

長い長い受験期間でしたね? 僕にとっても今回は長い受験期間でした。

恥ずかしながら、おとといの夜は1時間しか眠れませんでした(24時に寝て25時に目覚めてしまいました)

この問題を解いておきたい、あの問題もやっておきたい、といろいろ考えて試行錯誤しているうちに1晩が過ぎてしまいました。

今は解放された感じ、というか「何とかとりあえず最後まで授業できてよかった」という安堵感の方が強いです。


明日からは来年度に向けて心を切り替えて…と簡単にはいきませんが、明日は3者面談があります。

今日は休みなので心を開放して明日に向けて準備していきたいと思います。


とりあえず重圧からは解放されたので、気分的にはプラス方向です(合格発表が終わるまでは気は抜けませんが…)


 今年度を振り返って・・・反省材料として、社会の授業には不満が残りました。

もっと時間をかけていろんな問題に取り組むべきでした。生徒さん任せになってしまったところが少しあったので、来年度は社会にも時間をかけていきたと思います。

授業での復習プリント(入試問題)をもっとたくさん解いていきたいと思います。


最後に… 数少ない中3生でしたが、最後まで寺子屋へ通っていただき、心から感謝いたします。ありがとうございました。

高校生になっても目標に向かって、勉強・部活に励まれてください! 応援しています。

僕も頑張ります。

最後まで寺子屋へのご理解・応援していただいた保護者様にも感謝しております。ありがとうございました。
2024年03月08日 07:17