個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

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眼科へ行って来ました

3日前から左目がかゆく、少し痛かったのですが、昨夜左目がだんだん痛くなってきて、かゆくなってきて少し腫れてきたので、今日近くにある眼科へ行って来ました。

多分ものもらいだと思うのですが、10年ほど前に似たような症状で先生に診てもらうと「切りましょう」と言われ、かなり焦りました。

そのときはその場で目に麻酔をして簡単な手術をしてもらい、帰りは左目に眼帯をしながら車を運転して帰ってきました。

片目運転だと、遠近感がなくて、運転するのはかなり危険です。

今日眼科へ行くとき、あのときのことを思い出して「うわ~切られるんかなぁ」と恐る恐る眼科へ行きました。

とりあえずいくつかの検査をしてもらった後、先生に診てもらうと「ものもらいです。薬を出しますね」と言われ、ホッとしました。

今回は切られずに診察が終わりました。

……怖かったです。50%の確率で切られると思っていたので、助かった、と思いました。

帰り道、大阪屋に寄り、メンチカツを買いました。

眼科には結局朝8時30分~予約して目薬をもらって終わったのが10時30分。 2時間という長丁場でした。

目をこすりすぎたのが原因だと思います。

これからは違和感を感じたら、なるべく早く眼科へ行こうと思います。


今から塾の準備をします。今日は中2生の1次関数という単元の計算プリントをしてもらう塾生がいます。

計算がかなり苦手な生徒さんなので、10問ほど計算プリントを作りました。

1次関数は全ての単元の中で多分、覚えることが一番多い単元なのでは?と思います。

応用問題は5種類くらいあり、1つずつ理解していかないと入試では点数が取れません。

基本から標準問題→入試問題へと勉強が発展していきます。

中3生も1次関数の応用問題を、今解いています(受験勉強として)

中2生は今は英語は「受け身」の予習をしています。

一般動詞の過去分詞形が出てくるので、1つの単語の活用を一覧表にして透明下敷きに入れて渡してあるので、下敷きに入っているプリントの

活用を頑張って覚えてほしいと思っています。単語カードを使って覚えていきます。

また別の中3生は「光の進み方、鏡にうつる像」の勉強をしたいと言っているので、一昨日プリントを作りました。

もう一人の中3生は、電流回路が苦手で、電流回路を勉強します。

あれこれ準備していると、けっこうな時間がかかってしまいますが、準備しないと授業が成立しないので、準備しています。

私立高校受験まであと1か月を切りました。

県立高校受験まで残り2か月。

僕自身も正直、精神的に少しへこたれています。が頑張る中学生を見ると「頑張ろう!」と思えます。

くれぐれもインフル・コロナなどに罹患しないよう、人込みの中にはなるべく行かない、家で大人しく仕事したりリラックスしたりしようと心がけています。

生徒さんにとっての受験は僕の受験でもあります。

実績がかかっているので、僕も一生懸命です。

なんとか県立高校、全員合格してほしいです。


PS:高校サッカー 富山第一高校に勝った大津高校なのですが、おととい準々決勝で千葉代表の流経大柏高校に惜しくも1-2で敗れました。

  今回は準決勝をテレビで見る予定です。
2026年01月06日 12:13

家庭教師時代 25歳 冬~46歳春

今日は僕の「家庭教師時代」について少し話をさせていただきます。

僕は大学4年生のときに、富山県と新潟県の小学校教員採用試験を受けました。

その結果は両方とも不合格でした(新潟県は2次試験で落とされました)

大学を卒業したあと、就職浪人をして2回目のチャレンジで新潟県小学校教員採用試験に合格しました。

ここまでは、まあ良い話なのですが、いざ教員として働き始めると、僕の学年の先生は僕を含めて3人とも一番最後まで職員室に残っていて、

毎日家に帰るのが23時過ぎでした。もちろん今ならば完全アウトなのですが、当時はまだうるさくなく、毎日のように職員室に夜遅くまで残っていました。

「こんなことしとったらテレビすら見れない。浦島太郎の世界やわ」と焦っていましたが、当時の学年主任はそんな僕のことなど全く気にせず毎日のように22時か23時まで

職員室に残って仕事をしていました。もう一人の先生も全く同じで毎日23時まで職員室で一人で仕事をしているような人でした。

当時は僕は世の中のことなど全く知らなかったので、「働くってこんなもんか」と思っていました。

もちろん今の僕だったら別の上司または教頭先生あたりに相談・報告して早く帰れるよう働きかけていたと思います。


あこがれていた教師と現実の教師は全く異なり、僕は緊張感の中,毎日遅くまで仕事をしていました。

結果、精神的に苦しくなってしまって僕は1年で教員を辞めてしまいました。

そして富山県に戻ってきました。


無職になった僕は、精神的にかなり疲れており、仕事をする気にもならず、ただハローワークには週に3回くらいのペースで通っていました。

一番どん底時代だったこころの話です。

友達とも疎遠になり、追い詰められていた僕は、ただただハローワークに行って仕事を探していましたが、全く次の仕事が思い浮かばず、呆然としていました。


そんなことを繰り返しているとき、「家庭的な職場です」と書いてある会社案内を見て、僕は「ここに応募してみよう」と決意し申し込みました。

結果、採用してもらいました。それが小さな家族経営をしている運送会社でした。


午前中は富山市内で荷物を預かったり携帯のバッテリーを店舗間で運んだりしていました。

午後は大沢野方面へ2往復して、大沢野・八尾・婦中エリアに荷物を届けていました。

僕は当時、富山県の地理には全く詳しくなくて、毎日地図を見ながら、時間に追われながら荷物を届けていました。

夏くらいになると少しずつ仕事にも慣れてきて、10月に、仕事が終わった後、家庭教師をしようと思い、

某大手の家庭教師派遣会社(ハイジのCMさんではありません)に面接に行きました。

そして、とりあえず当時、富山大学付属中学校に通っている生徒さんを担当させてもらうことになりました。

富山高校を志望校にしている生徒さんで、附属中学の2年生でした。

12月の報告日に担当の上司から「先生、なかなか評判いいね。うちでプロでやってみない?頑張れば頑張っただけ稼げるよ」と言われました。

1週間考えさせてもらい、僕はお世話になった運送会社を辞め、その家庭教師の会社で家庭教師専門の仕事をさせてもらうことになりました。

当時、その会社では社会人教師、プロB、プロA,プロs,プロSS だったと思いますが、プロにもランクがあり、そのランクによって時給が異なっていました。

僕はまずは1年間専属家庭教師で務めてみて、会社に認めてもらえればプロ契約してもらえる、という条件で採用されました。

学生時代に2年ほど家庭教師のバイトと塾講師のバイトをしてたのですが、本格的に家庭教師のみで生活をする、というスタイルになってみると,

最初はかなり違和感がありました。

当時の話になってしまいますが、僕の勤務体系は以下のような感じでした。

夕方5時~7時まで家庭教師,その後コンビニのパンを食べながら移動して19:30~21:30まで家庭教師  この2人で仕事が終わるパターン

もうひとつは夕方5時~7時まで家庭教師(中3生)その後19:30~21:30まで家庭教師 そして移動して22:00~24:00 まで家庭教師。合計3人の家庭教師を夜中までしていました。

休日はなくて土日は3~4件の家庭教師をしていました。

毎月総支給で25万円~28万円くらいの給料だったかと思います。(現在の給料体系についてはわかりません)

思っていたよりもかなりハードでした。中3生は高校受験があるため、親御さんも含めて異様な雰囲気のあるご家庭が大半でした。

教えている僕も、相当のプレッシャーの中で毎日過ごしていました。


もちろん、授業内容は今とは比べ物にならないくらい下手でしたが、情熱は今と変わらず、一生けん命に授業していました。

ところが僕は無理をしすぎて体調を壊してしまい、家庭教師の仕事をいったん辞めてしまいました。


26歳の夏に再び採用してもらい、家庭教師を始めました。八尾や山田村など、へき地にも行くことがありましたが、仕事じたいは楽しかったです。

家庭教師をしている間、なんとなく「いつかは自分の塾を持ちたいなぁ」と思うようになりました。

家庭教師の良いところはマンツーマンなので、教えやすいというところです。

ただ、1度の説明ではなかなかわかってもらえず、手を変え品を変え教えることも多々ありました。

「生徒さんに鍛え上げられました」、そんなかんじです。

エリアは決まっていなく、富山市・高岡市・滑川氏・魚津市・旧山田村・旧婦中町などなど、富山県内をあちこち移動しながら家庭教師をしていました。

僕が所属していたその家庭教師派遣会社は、親御さんからの評判が良く、ネットなどで検索してみても、クレームなどはあまりありません。

評価されている会社だと思います。事務的なことは会社が全部やってくれて、先生は教えることに専念できる、とても働きやすい会社でした。教師とは大違い。

休みが極端に少ないことだけが弱点でした。休日も先生の方で希望すれば休みにできるので、個人個人の判断によります。

鍛えられました。特にノルマもなく、叱られることもほとんどないのですが、指導報告の日はブルーな気分になっていました。

当時は僕はまだ「教え方の型」が定まっておらず、生徒さんによって教え方が異なっていました。悪く言えば一貫性のない指導をしていました。

ただ、熱血だったため、担当する生徒さんはほとんどが中3生でした。

 家庭教師時代は週に何回も本屋さんに通い、問題集を見たり、問題を解いたりしていました(今もその習慣はあまり変わっていませんが)

今みたいにネットがまだなかった時代なので、暇さえあれば本屋へ行き、参考書や問題集をあれこれ見ていました。


 家庭教師時代は大変でしたが、あれこれ自分なりに試行錯誤しながら必死に授業をしていました。

あのころのように「熱い思いで教えているのかな?」と節目節目に自問自答しています。


PS:大門での今の経験も、いつの日か振り返るときがくるかと思います。

「大門時代は良かった」と振り返ることができるよう、今年も一生懸命に授業していこう、と思っています。

あとはやる気ある生徒さんに応えられるよう、日々勉強だと思い頑張ります。
2026年01月03日 11:20

あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

新しい年を迎えて、今年の目標は?

ダイエットをして体重を今より3~5kg減量すること。

数学の授業動画を頑張って作っていくこと。

この2つを目標に1年間頑張ります。

昨年は僕の拙いブログを読んでいただき、ありがとうございました。

今年もいろいろと書き綴っていこうと思っています。

時間あるときにでもよければお読みください。

それでは、今年もよろしくお願いいたします。


PS:母校、富山第一高校のサッカー部が昨日の試合で佐賀東高校に3-0で勝ちました。

2年前の借りを返せてよかったです。

明日は強豪大津高校と戦います。
2026年01月01日 14:05

数学の授業動画を作り始めます。

今から半年前に、「英語の授業動画」を作りました。

作り始めてから完成するまでに半年ほどかかりました。

時間はかかったのですが、そのおかげで、ふだんの英語の授業の質が上がりました。

中学1年~中学3年生までの英語の教えたいことが全てDVDに納まっているので、授業がしやすくなったことが大きかったです。


 次は数学の授業動画を作っていこうと思います。

数学は教えたいことはたくさんあり、かつ生徒さんも数学だけは必死になって取り組む生徒さんがほとんどなので

授業動画を楽しみながら作れそうです。

授業する→問題を解いてもらう→解説をする」という一つの流れが単元ごとに仕上がっているので、習う方も習いやすいと思います。

数学は奥が深い教科だと思います。追求していくときりがない教科です。

富山県の高校入試でも、5教科の中で数学の平均点が一番低くなっています。

それだけ数学は極めるのが難しい教科であると言えそうです。

入試間近なので、あまり時間が割けませんが、少しずつ作っていこかなと思っています。来年6月ごろに完成予定です。

頑張ろう。
2025年12月27日 05:06

サッカーくじの思い出 ~ 1等に当選した29歳 冬 ~

昨日、今回分の年賀状を郵便局に出してきました。

友達の中には「年賀状じまい」する人もいて、少し寂しいなと思いつつ、僕は変わらず年賀状を出していこうと思っています。

先日、美容院の僕の担当の方が「実は、去年年賀状の宝くじで当たって、30万円もいただきました。」

とおっしゃり、すごいと思いました。

当ることってあるんですね。

振り返ると、実は僕もくじに当たったことがあります。


もう今から24年も前の話になるのですが、僕が29歳のときにサッカーくじ(当時はサッカーくじが販売されたころでした)で当たりました。

しかも1等です!

その前の週のサッカーくじの1等の当選金が確か2,000万円くらいだったかと思います。

テレビで当選を知り、はっきり言って僕は天にも昇る思いになりました。

「マジか!1等だ。いくらもらえるかなぁ。先週が2,000万円だから、少なくとも1,000万円はもらえるやろ!!」

当時つきあっていた彼女に報告し、二人で「ドキドキするね」と言いながら当選金額がテレビで出るのを楽しみにしていました。


そしてテレビでサッカーくじの当選金の発表がありました。

「今回の1等の当選金は・・・22,000円です」

「うわ~安っ!!」僕はコケました。

マジで! 先週2,000万円だったんに… 今回は22,000円かよ~

僕が当選したとき、当選者がたくさんいて、それまでのサッカーくじの当選金の中で最安値だったとのこと。

あのときはショックを受けました。まぁ話のネタにはなるなあと思いましたが…

それ以来、僕はサッカーくじを買うのを辞めました。今ってまだサッカーくじはあるのかな?

サマージャンボ,年末ジャンボの宝くじも僕はほとんど買ったことがありません。

当たるわけがない、と思っているからです。


 思い返せば中学2年生のときに、友達と遊びに行って、西武デパートの前で抽選会をしていて、そのときは銀色の玉(2等賞)が当たり

スキーバッグをもらいました。

友達は「すげーの!!」と言って驚いていました。

僕もびっくりしました。

家に帰って家族に報告すると、母は喜んでいました。


 みなさんは宝くじを買う派ですか?それとも買わない派ですか?

もしも1億円とか当選すると、びっくりしてしまいますね?

とんでもない確率の中で当たるわけですから。

人生が変わりそうですね?

よくテレビで「高額当選者のその後」みたいなドキュメンタリーをやっていますが、意外に高額当選した人ってその後の人生でつまづいていますよね?

庶民がいきなり何億円も手にすると、やっぱり人が変わってしまうのでしょうか?

お決まりの豪遊→高級車→高級腕時計などなど、散財してしまい、10年もたたぬうちに、すっからかんになってしまう人が多いみたいですね。

まさに B'Zの曲「Easy  come  easy  go(悪銭身につかず)」というかんじですね。

今年の年末じゃんぼも買ってはいませんが、大金を手にする人が日本のどこかに現れますね?


さて、クリスマスが過ぎ、もう年末ですね。


有意義な年末年始を過ごそうかと思っています。
2025年12月26日 06:42

受験生にとってはラストチャンス:冬休み

さて、今月も20日を過ぎました。もうすぐ待望の冬休みですね?

中3生,高校3年生にとっては、まとまった時間勉強できる最後のチャンスですね?(高校3年生の場合は共通テストが終わると時間が増えますが…)

特に中3生にとっては、人生初の高校受験を控え、緊張されていることと思います。

逆に「早く終わってほしい」と思われている受験生もいるかな?


僕は中3の冬休みは、育英センターさんの冬期講習へ申し込みましたが、通ったのは2回のみで、あとは自宅で育英の冬期講習のテキストを解いていました。

勉強の仕方としては失敗例になるのですが、当時の僕は得意教科である英語・数学ばかり勉強して、苦手だった社会(歴史)と理科の勉強をおろそかにしていました。

中1のときの成績が悪かったため、1年生の学習内容(理科・社会)に弱点がたくさんあり、僕は「何とかなるだろう…」と安易に考えていました。

でも「勉強しないことには、成績がついてこない」毎日でした。 ある日朝起きたら急に理科ができるようになった、ということは100%ありません。

よく「理科社会は暗記科目だから、土壇場で必死に詰め込めば何とかなる」と言われていますが、僕は決してそうは思いません。

理科社会だから、と簡単に考えていると、最終的に泣きをみます、僕のように。


高校受験は大学受験とは大きく異なり、どの教科も入試の配点は等しく40点満点です。

大学入試になると、大学によって「傾斜配点(科目により配点が異なること)」になるので、配点の多い教科をたくさん勉強する必要があります。

中学~高校卒業・大学入試までの勉強主要教科は英語・数学になってきます。

文系の生徒さんの場合は国語、理系の生徒さんの場合は理科も重要な教科になります。

しかし、大学受験とは大きく異なり、高校受験はたとえば英語が苦手でも、他の教科でカバーできます。

英語・数学が少し苦手でも、その分理科・社会・国語で良い点を取れば、合格できることが多々あります。

また、僕みたいに中学時代英語・数学が得意で理科・社会が苦手で高校受験に失敗したとしても、

その後の高校3年間必死に勉強すれば、得意な数学・英語を生かして大学受験で国公立大学に合格することはよくあります。


高校受験と大学受験とでは、対策の仕方が変わってきます。


富山県の県立高校入試験の場合、数学がとにかく毎年難しく、受験生を苦しめています。

数学の県立高校入試の平均点は40点満点で19点くらいです。

6割とかはなかなか簡単にはとることができません。

かといって以前のブログでも述べましたが、数学が苦手だからといって、数学ばかり勉強して、他の教科をおろそかにしてしまう、ということは

戦術的には良いとは言えません。


高校受験は5教科の合計点数+内申書で合否が決まります。 内申は今更もうどうにも変えようがないので、5教科の勉強を頑張るしかありません。

理科社会の詰め込み学習は、ぜひ冬休みから始めてくだい。冬休みが終わってからでは遅ぎます。

時間のある冬休みに、毎日5時間以上勉強しましょう。午前中2時間、午後1時間30分、そして夜に1時間30分勉強すれば1日5時間になります。

おススメなのは新研究の最後の方に掲載してある「高校入試直前チェック」を、今のうちからやってしまいましょう。

馬鹿正直に2月に入ってから「直前期だ、頑張ろう」と考えるのではなく、今現在が「直前期」です。

今のうちに直前チェックを解いて「苦手な所」「もう少し勉強すれば間に合いそう」な単元を見つけてください。

そして自分で選んだ「弱い単元」を最初からやり直してみてください。まだ間に合います。


さて、話は少しそれますが、大切なこととして、気になる「スマホ対策」はどうされますか?

僕がおススメするのは、勉強中は携帯を別の部屋に置いてサイレントモードにしてしまうことです。

どうしても音が鳴ると反応してしまうので、音は消しましょう。

LINEをしたかったら、1日の勉強が終わってから、寝る前に30分だけしましょう。それぐらいだったら大丈夫です。

動画・ティックトックも同様。観たい気持ちをこらえて勉強してください。勉強が終わってから(「具体的には夜10時以降)にフリータイムとして

好きな動画を見たりしてください。

するなとは言いません。メリハリをつけてください、と言っています。

僕も、「携帯依存症」に近いので、常に自分のそばに携帯を置いていますが、スイッチが入って勉強しているときは、仕事のメール・ライン以外は返事はしません。

勉強が終わってから返事するか、それでも勉強中に何回もメールがくる場合は「今勉強しとるから、あとから返事します」と正直に伝えます。すると連絡は止まります。


1日の終わりは自分の好きなことを「ご褒美」として過ごされてください。寝る前の1時間くらいであれば、毎日のようにスマホ依存しても大丈夫かと思います。

くれぐれも「スマホが原因で勉強不足になり、不合格でした」とならないよう、スマホ・パソコンとは上手に付き合っていきましょう。

あとはよく聞かれるのですが「ながら勉強」もやめましょう。

勉強中は「勉強のみする。他のことはいっさいしない」と決めてください。

あなたが楽しそうにスマホをいじっている間、目に見えないライバルたちは猛勉強されています。

ライバルたちと競い合うためにも、この際スマホを勉強時間中は手放しましょう。

学校の3者面談もあり、3年生はいよいよ受験モード全開になります。

「練習はウソをつかない」

3月に笑うために、今苦しみましょう。


働いて働いて働いて・・・高市早苗総理のように、「勉強して勉強して勉強して…」 頑張っていきましょう。

高市早苗総理は神戸大学経営学部OBです。

学生時代はそれこそ「勉強して勉強して勉強して3年間過ごされた」ことと思います。

僕も「働いて働いて勉強して」高校入試が終わるまで、頑張ります。

2025年12月22日 11:08

受験生から言われて驚いたこと / 32歳2月 / 明日へ架ける橋 ♪

僕は今まで約30年間ほど、家庭教師や塾講師の仕事をしてきました。

その中で今日は、教え子さんから言われた、最も印象に残っている言葉について書かせていただきます。


あれは、今からもう21年も前のことです。

福光での個人塾経営に失敗し、富山市の実家に帰ってきて、僕は家庭教師の仕事をメインに富山市や大門、新湊でしていました。

12月(ちょうど今ごろの季節です)富山大学の掲示板で家庭教師の仕事を見つけ、応募しました。

富山市の中3生・女子とだけ書いてあり、無事採用されました。といっても受験まで残された日は3か月。

その生徒さんは水泳部に属していて、クラブチームでの水泳の練習を12月になっても週3回くらい通っていました。

とても受験生の生活ではありませんでしたが、それでも彼女は「頑張って勉強する!商船に行きたい」と言っておられました。

当時の彼女の模試での商船の判定は決して良いものではなく(だから家庭教師を依頼されたのですが)、僕は正直、「今の生活スタイルで残り3か月で商船?かなり厳しいな」と

思っていました。週に2回、1回2時間の家庭教師が始まりました。

彼女は数学・英語が苦手で、家庭教師では数学・英語を中心に指導していました。部活では素晴らしい成績を収めており、推薦も考えたとのことですが

「商船(航海コース)」に行きたい、の一点張り。

そうか、わかったよ。じゃあ俺もそのつもりで一生懸命に授業するね、ということになり、宿題も毎回山のように出しました。

彼女はその宿題をほぼ毎回全部やっており、少しずつ成績も上がってきました。

授業中の合間には当時彼女が好きだった倉木麻衣さんの話や水泳の話、などなど楽しく話しながら、勉強も頑張りました。

1月の半ばごろになり、僕自身も精神的に少しずつ苦しくなり始めたころ、彼女に「俺もなんだかんだ言いながらこの仕事長いけど、全く慣れんわ。

毎年この季節になったら、受験のことで頭いっぱいで、友達と会うこともほとんどなくなってしまうちゃ」と苦笑いしながら言いました。

すると彼女は自分が受験生で必死になっているにもかかわらず、僕に

受験生の運命背負って大変だね」と言ってくれました。

この一言は、今まで僕が30年教える仕事をしていて、教え子さんから言われた一言で一番印象に残っている一言です。

言われたときはびっくりしましたが、帰り道、車を運転しながら「思いやりのある優しい子なんだな」と感動していました。


 そんな彼女は水泳に通いながらも毎日猛勉強し、結果、商船(航海コース)に無事合格しました。

受験番号は92番でした。この受験番号だけは今でも覚えています。

ちなみに僕が新潟大学を受験したときの受験番号は、 02021016でした。この番号も,生涯忘れることはないと思います。

受験生が入試間近になって勉強を頑張るのはもちろんのこと、その立場でありながら指導者にねぎらいの言葉をかけてくれる中3生はすごいなと思いました。


 今日は12月19日。私立受験まであと2か月を切りました。県立受験まで3か月を切りました。

どこまで点数が上がっていくのかわかりませんが、あと少しの「苦しい受験期間」を乗り切ってほしいと思います。

毎年この季節になると本屋の参考書コーナーで,親子で問題集を探している中・高校生を見るたびに、「頑張れ」と応援しています。


PS:彼女の影響で僕は当時、倉木麻衣さんのCDを借りてきて、倉木麻衣さんの曲をよく聴いていました。

 その中でも「明日へ架ける橋」という曲があり、今でもその曲を聴くと、当時のこと,一生懸命に勉強していた彼女のことを思い出します。
2025年12月19日 10:38

ゴールキーパーの視点から

バラエティ―番組「上田と女のほえる夜」を見ていて、気になる場面に遭遇しました。

サッカー元日本女子代表(なでしこ)の丸山かりなさんのだんなさんである本並健治さんが、車の乗る位置や、掃除のことについて私見を述べておられました。

本並さんは現在61歳で、元ゴールキーパーです(元日本代表のゴールキーパーです)

ちなみに僕も小学校5年生~6年生にかけて、サッカー部でゴールキーパーをしていました。


本並さんが、奥さんの丸山かりなさんと車に乗るときに、(丸山さんが運転をするときは)「僕は後部座席に座ります」と言っておられました。

スタジオには笑いが起きました。理由は「僕はゴールキーパーなんで、一番後ろから(景色を)見ていたい」とのこと。

僕も妙に納得してしまいました。

サッカーのゴールキーパーは皆さんもご存じのように、「ゴールを守る最後のとりで」になっています。

ディフェンスが抜かれ、最後の守備をする役割がゴールキーパーです。

僕もそうだったのですが、キーパーにとって、相手の選手とゴール前で1対1になったときは、ものすごく嫌な気持ちになります。

キーパーと相手の選手が1対1になると、確率的には50%以上の確率で点数が入ります。キーパーはそう簡単には止めることができません。

「しまった」と思ってももう遅く、キーパが抜かれると、即、失点につながります。

点数を取られた瞬間、キーパーはものすごく嫌な気分になります(僕はそうでした)

点を取られたのはキーパーの責任ではありません。抜かれたディフェンスや、前線でボールを奪われたフォワードの責任ももちろんあります。

単に相手が上手で、相手の攻撃を止められなかった、という場合もあります。


本並さんはテレビで「僕は元ゴールキーパーなので後ろから全体を見渡していたい」と強調しておられました。

サッカーの試合のとき、ゴールキーパーはコートの半分以上攻め込まれると、守りのスイッチが入ります。

僕はスイッチが入るというよりも、ひたすら「嫌な気分」「怖い気分」になっていました。

頼むから止めてくれ~と思いながら戦況を見守っていました。

キーパーは本当に嫌なポジションだよなぁと思いながら守っていました。責任重大です。

エラーなんかして失点すると、もう気分は最悪で、ものすごく落ち込みます。


僕のチームは小学校時代、日々の猛練習の成果もあり,とても強いチームでした。

でも僕は、監督がとても怖い方だったので(怒ると暴力は当たり前の人でした)エラーなどした時には殴られる覚悟をしていました。

 嫌々サッカーをしていました。辞めたくても監督が怖かったので言えませんでした。両親も厳しかったので、サッカーを辞めることができませんでした。


さて、 テレビのシーンが変わり、家事について本並さんは以下のように話しておられました。

「奥さんが料理をするので、僕は掃除と洗濯をします。でも彼女は僕が高い所しか掃除していないと思っています。なぜなら彼女は元フォワードの選手なので

前しか見えていません。」 またもや笑いが起きました。司会の上田さんが

「そんなことはないでしょう(笑)~」と言っておられました。

本並さんは、床にはいつくばって床の掃除もしています」と笑いながら言っておられました。

ゴールキーパーは基本的に身長が高い人がします(空中戦に強いキーパーが重宝されるためです)

ハンドボールのキーパーの方もそうなのかもしれませんが、とにかくキーパーは全てのポジションの中で一番プレッシャーのかかるポジションかなと思います。


 全然関係のない話になりますが、ゴールキーパーの話で、どうしても伝えたいことが1つあります。

僕が中学生のときに、同じ富山市の某中学校のゴールキーパーの先輩で、めちゃくちゃ上手い方がおられました。

小学生のときは、そんなに目立った活躍はされていなかったと思うのですが、中学時代に入り頭角を現したような先輩で、とにかくキャッチングがすごく上手で

キックも正確な方でした。

中学2年生のときに、サッカー部の友達が「あの先輩、キーパーで西日本ナンバーワンキーパーだよ」と言っていました。

当時はまだJリーグがなかった時代です。

その先輩は高校へ進学され、高校時代も富山県では有名なキーパーでした。

僕の知識はそこまで。

それ以降のことはわかりませんでした。 しかし15年ほど前、偶然飲みに行っていた店の店長さんが、そのキーパーの方の中学時代のサッカー部の方で、

その先輩の高校以降の進路について教えてくださいました。

その先輩は、高校を卒業されたあと、関東地方にある私立大学へ進学されました。

大学時代もやっぱりとても上手で、日本リーグのチームから「うちへ来ませんか?」と声がかかったそうです。

ところがその先輩は「自分は身長が低いので」と言って断られたそうです。その先輩は多分身長は175cmくらいだったかと思います。

もしその時に日本リーグのチームに所属していたら、将来のJリーガーになっていたかもしれません。

僕はその話を聞いたときに「うわ~もったいない!」と思いました。


 富山県人で最初のJリーガーになった人は誰だかご存じでしょうか??

柳沢あつし選手はあまりにも有名なのでご存じかと思いますが、富山県人で一番最初にJリーガーになったのは

富山第一高校出身の荒谷弘樹(あらたに ひろき)選手という方です。柳沢あつし選手の2つ上の学年になります。

ポジションはゴールキーパーでした。現在50歳の方で、高岡出身の方です。身長は191cmと大柄な選手でした。

僕は残念ながら荒谷選手のことはあまり知らなくて、荒谷選手の試合も観たことはありません。

知る人ぞ知る選手なのではないかと思います。浦和レッズに入団されました。

現在は古巣大宮でU-12のコーチをされています。


長々と書き連ねてきました。ゴールキーパーというポジション。

見方によっては「花形のポジション」かなと思います。

ファインプレーをすると目立つし、一人だけ他の選手とはユニホームの色も違うのでカッコいいです。

本並選手の話は面白いなと思いながらテレビを見ていました。いろんなことを思い出してこのブログを書かせていただきました。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。満足です!
2025年12月18日 04:55

大学時代の狭く寒い部屋を思い出しました。

おはようございます。最近寒いですよね?

一昨日の夜、いきなり石油ストーブが壊れてしまい、仕方なくエアコンをつけています。

ところが僕の部屋のエアコンは「安かろう、悪かろう」で安いエアコンのため、部屋の温度があまり上がりません。

ふと、大学時代の僕の部屋の悪夢を思い出しました。

僕は大学時代、4年間新潟市に住んでいました。

下宿生活をしていて、朝食と夕食は大家さんが作ってくれました。

家賃も僕の部屋は4畳半の狭さで、たったの11,000円! はっきり言って格安でした。

ところがこの格安部屋にはとんでもない「弱点」がありました。

それは「エアコンや石油ストーブがない」部屋だったのです。

夏場は扇風機のみで暑い夏を過ごしました。

夏はまだ我慢できたのですが、冬場は最悪でした。

大家さんの方針で「火事があるといけないので、部屋の中でストーブは使わないでください」という決まりがあったのです。

築30年以上たっている「めぞん一刻の一刻館」のようなボロボロの部屋でした。

うすい砂壁一枚で部屋が仕切られており、隣の部屋の会話が少し聞こえるほどの部屋でした。まぁ家賃11,000円なので文句も言えないのですが…

冬場は、富山県とそうたいして変わらない新潟県。しかも僕の下宿は海まで歩いて2分の所にありました。海風が・・・

日中はまだ何とか耐えられるのですが、夜はとにかく寒い!

ストーブもエアコンもなく、僕たち「わかば荘の住人(新大生)」は室内なのにコートや革ジャンを着ていました。

部屋の中で吐く息が白い! 本当に寒かったです。


ふと、おとつい石油ストーブが壊れたときに、学生時代の冬を思い出しました。

それに比べると、エアコンがあるだけでもまだいいか…と思ったのですが、僕の部屋のエアコンは、たいして暖かくもならないのに電気代がいっちょ前に高いのです。

まさに悲劇。大打撃です。

今日、ヤマダ電機に行って石油ストーブを買ってきます。

改めて富山県の冬、暖房のない部屋の苦しさをかみしめています。

大学時代は本当に寒かった。電気ストーブはOKという、決まりがあり、あまりにもの寒さに耐えきれず、安い電気ストーブを一応買いました。

初めて使った電気ストーブは、話にならないくらい「使えませんでした」ほとんど電気ストーブのかすかな暖気が当たっている場所以外は全く暖かくありません。

仕方がないので、部屋でテレビをみるときは「ふとん」に入ってそしてそのそばで電気ストーブをつけていました。

でも、よく考えると「危ない」です。それこそ、一歩間違えると火事になってしまいます。

実際僕のふとんは2回ほど「焦げました(笑)」

あまりにも電気ストーブが間に合わないので自分に近づけると、知らない間に布団に近づきすぎてしまい、布団が焦げました。

本当に危なかったです。

究極の「寒さ対策」として、4畳半の友達の部屋に4人くらいで集まって「お互いのはく息」で暖を取っていました。

まさに地獄の冬を新潟で過ごしていました。

まさか今どき、ストーブの使えないアパートはないかと思いますが、暖房のない冬の部屋はこたえますね。

今は仕方なくエアコンを使っていますが、それでも大学時代に比べれば、暖かいだけはるかにマシです。

電気代の請求が少し怖いのですが、改めて石油ストーブのありがたみを感じています。

 
思い返すと、福光で個人塾をしていた時も、似たような経験をしていました。

テナントに住み込みで塾をしていたのですが、教室のスペースが広いのはいいのですが、エアコンがあまり効かなくて寒い。

高校生の女子は教室の中でコートを着てマフラーを巻いて授業を受けていました。申し訳なかったです。

太平洋側に住んでいらっしゃる方々にはちょっと理解できないかもしれませんが、日本海側の冬は本当に寒いです。

よくテレビニュースで「今日の関東地方は寒さが厳しいです」とかレポーターが言っていますが、笑ってしまいます。

雪も降らない所で何をほざいているのだろう・・・ ちょっと雪が積もれば大雪とか騒いでいて…うらやましいですね。


この冬も富山は寒いのだろうか?もちろん、もうスタッドレスタイヤには履き替えていますが、降ってほしくないですね・・・

雪が降ると車の運転が怖く、除雪も本当に大変です。

この寒い冬=受験シーズン を乗り越えて、笑える3月を迎えたいですね。


先日秋田に住んでいる友達とメールをしていたら、秋田はもう雪が降っていると言っていました。大変だ。

僕も他人事ではありません。

雪が降ると、通勤時間が1.5倍くらい多くかかってしまいます。

乗り切りましょう、この冬を。


PS:教え子さんがインフルにかかってしまいました。

手洗い・うがいをしてインフルエンザにかからないよう、注意しましょう。
2025年12月15日 07:29

富山第一高校の入試問題過去問2年分解いてみました。

富山第一高校の数学の入試問題を2年分解いてみました。

感想は…年度によってかなりの難度差があります。

平均点も多分年度によっては40点満点で5点近くの差が出ているのではないかと思います。

一番新しい2025年度の数学の問題は比較的易しめな問題が多かったです。

しかし2024年度の問題は一転して難しい問題(解くのに時間がかかる問題)が多いです。

問題を解く順番や飛ばす問題【捨てる問題】をはっきりさせておかないと、1つの難問にハマってしまうような問題構成になっています。

県立高校の入試問題もそうなのですが、必ずしも最初の方の問題が簡単で後へ行けば行くほど難易度が上がる、というわけではありません。

どの大問も、最初の(1)は比較的易しい問題が出題されています。

どの大問も最後の方へ行けば行くほど難しい問題が多く出題されています。

1つの問題につまづきそう、と思って長時間かけて解くのは非効率的であるとともに、全問を解くことを考えると大きな痛手になります。

見切る問題は早めに見切りましょう。

40点満点をねらっている受験生ならともかく、20点前後をねらっている受験生は、易しめの問題から手を付けてください。

他の教科は解いていないのでわかりませんが、同じことが言えます。

ただでさえ入試で緊張しているので、いつも通りの力を出せないことも十分に考えられます。

本番で結果を出すためには、やっぱり「過去問」は解いておく必要があるかと思います。

過去問を数年分解けば、だいたいの試験の傾向がわかってきます。

その傾向に自分をどうあわせるのか? 対策を練っていきましょう。


特に数学が得意な受験生(30点以上コンスタントにとっている受験生)は、すべての問題を片っ端から解きたくなる気持ちはわかるのですが、

ハマりそうな問題は、とりあえず飛ばして、後回しにしましょう。

人によって得手不得手はあるかと思うので、今のうちに対策を練っておきましょう。

そしてできなかった問題で「あと少し勉強すれば解けそうだな」という問題があったら、類似問題を解いて実力をつけていきましょう。

まだ入試まで日はあります。

できれば年内のうちに、富山県立高校の入試問題を1年分でいいので、5教科解いてみてください。

実際の入試問題を肌で感じるところから受験対策は始まります。
2025年12月14日 14:17

寺子屋学習館

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