個別指導形式の学習塾と家庭教師の寺子屋学習館|富山県射水市

わからない所が1つずつわかるようになる、達成感ある授業を心がけています。

ホーム ≫ ブログ ≫

ブログ

1988年3月24日

「あなたは1年の中で何月が最も苦手ですか?」

僕は中学・高校時代,4月が一番苦手でした。

理由は「環境が変わるから」

中1から中2に上がった時、(僕は1年5組でした)、僕は2年1組になりました。

とりあえず新しいクラスメートを見ながら「1年5組だった人はおるかな?」と思ってクラスを見回してみましたが、男子の中で「もと1年5組」だった人は0人でした。

「うわ~。マジか。誰もおらん…」僕はいじけていました。

いわゆる「新しい新学年のスタートでもある4月」 毎日緊張しながら過ごしていました。

僕は極度に緊張すると当時、すぐに腹を壊していました。

とにかく新しいクラスに慣れるまで時間がかかりました。

中2→中3に上がった時はもと2年1組だった友達がいて、あとは1年生のときのクラスメートも数人いました。

そのおかげで3年生の4月は無事過ごすことができました。


時は流れ、高校へ進学。


僕は1年19組になりました。そのときも「元岩瀬中学校」」だった友達・知り合いは0人でした。

まあ仕方ない。僕の時代、岩瀬中学校から富山東高校を受験した人は18人ほどいました。その中で、僕以外、全員が東高校に合格しました。

なので、岩瀬者は19組には0人。僕だけ。

岩瀬から富山中部高校を受けて落ちたのは1人だけでした。その人は18組にいました。

「また1人からのスタートか…」 僕の「下痢」がまたもや始まってしまいました。とにかく4月は体調は悪かったです。

でも、4月にあった「宿泊学習」で石川のなんとか自然の家で合宿?があったとき、19組の男子とサッカーをしたり、部屋で雑談をしているうちに、少しずつ友達も増え、緊張感もとれてなんとか体調は治りました。


さて、話は少しさかのぼり、一高に入る前の3月24日。 僕は一高に呼び出され「特待生の試験・面接」を受ける事になりました。

この試験に通れば「特待生(奨学生)になることができる」という、大切な試験でした。科目は英語・数学・国語のテストでした。

英語の長文問題を解いていたときに、「believe(信じる)」という単語が出てきました。

僕はこの「believe」の意味がわからなくて、悩んでしまいました。

当時ちょうど浅香唯の「Believe  again」という曲が流行っていました。でも意味はわかりませんでした。


次は面接でした。

面接で何を聞かれたのか?もう忘れてしまいましたが、とりあえず、面接も無事に終わりました。

そして,3月24日の特待試験が終わり、結果は全員合格→全員特待生 になりました。よかったよかった。

今はどうなのかわかりませんが、僕たちの時代は、1年の4月に特待生が校長室に全員呼び出され、校長先生から直接、お金の入った封筒を受け取りました。

校長先生は何やら激励の言葉を言っておられました。一高の試験料、あとは入学金も全て返ってきました。 母は喜んでいました。

担任だったM島先生が「いいか、もしも成績が下がったら、2年に上がる時に特待生の資格はなくなるぞ。だからお前ら、勉強しろ」と言われました。

そうなんや、それは勉強せんならんな、と思いました。

3月24日の特待試験のときに、3教科の試験が終わった後、教室で試験監督をしていた先生が、僕たちに

「もうあなたたちとは会えないかもしれないので、一言言わせてもらいますね。

あなた方は残念ながら県立高校受験に失敗しました。今のあなた方はとても落ち込んでいると思います。それなのに今日は一高へ来ていただき、ありがとうございます」

と言ってくれました。少し救われた気持ちになりました。

結局振り返れば、僕は何とか3年間特待生で過ごすことができました。ホッとしていました。


そして試験が終わり,春休み、3日間だけ、友達の父親が勤めていた塗装会社のアルバイトをしました。

人生初のアルバイト。朝8時~夕方5時まで働いて、3日間で13,500円ほどのアルバイト料をいただきました。

とにかくこの春休みは精神的に不安定でした。とにかく今の状態が辛い…

そう思っているときに、のりぴー(酒井法子)の「GUANBARE」という曲に出会い、何回も聴いているうちにのりぴーのファンになっていきました。

こうして僕の「のりぴー時代」は一高へ入学するころからスタートしました。

一高へ入学して、偶然隣の席に座っていた辻ものりぴーファンでした。僕と辻は毎日のようにのりピーの話をしていました。

当時、北日本放送のラジオ番組で平日0:15~0:30まで「のりぴー気ままにセンセーション」という番組が放送されていました。

毎日学校で辻と「昨日ののりぴー聴いた?良かったよの~」と言っていました。

何かにすがりつきたいほど不安定だった僕は、のりぴーの存在に救われ、いつの間にか熱狂的なのりぴーファンになっていました。 つづく
2026年09月24日 07:04

一高クラス会から帰ってきました~

先ほど一高クラス会から帰ってきました。とても楽しかったです。

特に女子とはかなり久しぶりに話す人が大半だったので、嬉しかったです。

今日を振り返って一番うれしかったことは、なんとクラス会に来てくれた人の中に、僕のこのブログを読んでくれている人が2人もいた!!ということです。

正直かなりびっくりしました。

僕はこのブログは基本的には何も考えずに思いついたまま書いています。(だから時々話が大きく逸れて行ってしまうのですが…)

まぁ僕は作家さんではないので、そのへんは多めに見てもらうとして…

ブログを読んでくれている友達が「佐伯のブログ面白いけど、勉強に関するブログのときは、ごめん読み飛ばしとるわ~」と指摘してくれました。

もう一人の僕の友達も(今日はクラス会には仕事のため欠席だったのですが)佐伯の勉強のブログは読んでないよ~」とやんわりと指摘されました。

もしかすると確認できなかったのですが、唯一の女子の方もそう思っているのかもしれないな…(冷汗)

確かにブログの本などを読んでいると「ブログを書くときは、誰に向けて書くのかを最初にしっかりと決めましょう」と書いてあります。

答えは二つ書いてありました。1つは「これからお客さんになってくれる人(僕の場合は中学生やその親御さん)に向けて書きましょう」というもの。

もう一つの答えは「あなたのことを知っている人(つまり僕のことを知ってくれている人)に向けて書きましょう」というもの。

僕は迷っていました。

「う~ん、難しいなぁ。確かにこのブログを通して僕の塾(家庭教師)の存在を知ってくれて問い合わせがあればいいなあ」とは思っています。

しかし残念ながら今日まで7年半、寺子屋をやってきて入塾していただくときに「ブログを見ていました」と言ってくれた親御さんは0人です。

誰もいませんでした。このブログは毎日「昨日僕のブログを読んでくれた人の住所」が数字として出てきます。

富山市の方は毎回5人~6人くらいです。名古屋1人と書いてあり毎回僕は「名古屋?誰やろ?」と疑問に思っていました。

しかし今日その謎が解けました!「名古屋1人」の正体は愛知県に住んでいる、今日クラス会に来てくれた真太郎君(笑)でした」

真太郎は毎日のように僕のブログを読んでくれています。それどころか「時たまブログ削除されたり、内容が微妙に変わっとるよね?!」と言っていました。

「マジで?よく見とるね!!」僕はびっくりしました。


指摘されたように、僕は勢いで何も考えずにこのブログを書いているので、最近だと「ジャックポット」というYoutubeを見たあとは、とても攻撃的な性格になってしまい

(それだけジャックポットという動画を見ると熱くなります。

「不倫に関する相談が届く→探偵を雇い、証拠が集まる→夫婦・不倫相手を交えての修羅場→たいていは離婚」というパターンが多い動画です。

ただ弱点があって、その動画はだいたい1時間くらいの内容なので、観るのが大変です(まあ僕は暇人なので1日おきに見ていますが)

ジャックポットの「しんりさん」という30才くらいの男性の魅力があまりにもすごすぎて、見た後はとんでもない強気なテンションになっています。

たいていその動画を見た後は「受験生頑張ってください」的なブログになってしまいます。この「おせっかいブログ」がはっきりいって不評です。大不評です。

なので、とりあえず塾講師の立場はいったん忘れてこれからは「わかる人にはわかる」内容のブログに切り替えていきます。


正直受験生には全くもって「ナンセンス」なブログになってしまいますが、勉強ブログは書いている僕もぶっちゃけあまり楽しくはありません。

わかりきったことをブログで繰り返しても飽きられるだろうし、そもそも面白くない(笑)「お説教ブログはおしまい」

とりあえず「寺子屋に来てほしい」とか「家庭教師として問い合わせてほしい」という欲望は捨て(現に射水市の人はほぼ誰も僕のブログは見てくれていません。よって却下)」 あとは

大門は今来てくれている生徒さんで終了。今の中学2年生が卒業したら大門は撤退。現に7年寺子屋をやってきて、「問い合わせがあったのは新聞にチラシを入れてときのみ」でした。

チラシを大門エリアに1回入れるとだいたい75,000円かかります。これを2週間続けて折り込みチラシを入れると(北日本新聞大門エリア・読売新聞大門北エリア・読売新聞大門南エリア)

あっという間に15万円もの大金がふっとんでしまいます。これで問い合わせが0件だったときは、かなりブルーな気分になりました。

なので、どうせブログを書くなら、僕自身が楽しい気分で書けるような内容にしようかな、と思います(一高の友達、今現在僕のブログを根気強く読んでくれている方々にさえ届けばい
いかな」という思いで、明日からはブログの内容を変えます。

極力実名は出さず、一応個人情報は避けるよう、気をつけて書いていきます。まあ今回は仮名「真太郎」君という登場人物が出てきましたが(汗)まあいっちゃ!友達やし。


ただ、今回のクラス会、1つだけ後悔があります。それは男友達2人と全く話せなかったことです。これは後悔しています。

なので近いうちに僕の方から2人には声をかけさせてもらい「クラス会リベンジ版」を行います(笑)

今度は二人と熱く語りたいと思っています。あとは参加者自由に募らせてもらって、クラス会リベンジ版を開催いたします。

それにしても今回のクラス会はめっちゃ楽しかったです!

「学生時代の友は一生の友」という言葉を聞いたことがあります。本当にそうだなと思いました。 

♪そこに着くまでそんなに時間は かからないから僕を待っててくれないか?

ほんの少しだけでもいいんだ いっしょにいてくれないか?

話したいこと たくさんあるんだ♪ ゆず 「遊園地
」

終わり

PS:本当はコメントらんを開放にして、自由にコメントを書き込んでいただきたいのですが、それをすると、わけのわからない外国の企業さんからの意味不明なコメント(URLなど)
が多数寄せられてしまいます。そのため、コメントらんをオフにさせていただいています。すみません。

よっぽど僕に言いたいことがある場合は寺子屋学習館のホームページの「お問合せ」のところから入っていただき、コメントされてください。

でもクレーム誹謗中傷は傷つくのでご遠慮願います。
2026年09月23日 02:21

When I was 20 years old in Summer

    G        Em     C       D     G     Em    C    D  
あこがれのキャンパス 坂道降りてく

    C       D              G       Em       C       D7   G   D
ギターかかえ 俺は一人 いつもの海へ

  G       Em   C      D     G     Em    C     D
浜辺に片寄せ  笑ってる恋人達

   C    Am7         G         Em            C    D      G  G7
互いの気持ち確かめ合って 夕陽を見てる

    C      D      G         EM       C     D      G  G7                 
二人で待ち合わせた新潟駅からずっと 

 C        D      G     Em   
歩いたねあの日のこと

  C    D             G   D
覚えているかい?

  G            Em   C     D         G     Em     C             D           
バイト終わり静かな 夜の列車聞こえるよ

   C      D        G        Em     
俺の疲れ癒すような 

   C       D       G        Em     C             D
お気に入りのロックンロールmusic


   C       D        G        Em      C   D    G  G7
悲しいぜ俺いつも 悩んでばかり

          C          D         G        Em        Am     C            D
でもお前見るとその寂しさ どこかへ消えてく…

  G       Em        C         D      G           Em     C        D  
いつまでもその笑顔  忘れないでいておくれ

   C          D               G   Em              
少し照れるけどお前の笑顔  

   C        D         G    G7
誰にも負けないぜ

     C        D         G            Em
たった一人のかわいいお前

   C     D            G      C    G
この俺が守ってやる
2026年09月21日 20:15

1年ぶりに焼肉キングに行って来ました。

昨日1年ぶりに中学時代の友達と焼肉キングに行って来ました。

当日に行くことになったので、予約できず、16時半にキングに着いて受付をしたあと、1時間半ほど待ちました。

待っている間、車の中で話していました。

お笑い芸人の話、仕事の話、親の話、高市政権の話などなど、いろいろ話していました。

彼も僕と同じく独身なので、「これだけ自分の好きなように時間を使えてお金を使えて、今さらもう相手に合わせて行動するとか、無理だなあ」とか,僕は僕で

「俺の場合はそもそも仕事が…」など、お互い結婚には向いてないの~と話していました。

さて,キングに入ると、少しメニューが変わっていました。

いつも通り最初にタンとサラダを注文して、久しぶりにかなり食べました。

長い間待つのは苦手なので、今度は事前に予約してから来たいなと思います。

改めて友達は大切だなと思いました。
2026年09月21日 00:32

令和の虎 受験版 を見ました。

Youtubeで「令和の虎 受験版」という番組を観ました。

この番組を簡単に説明すると、高校生・浪人生または社会人が大学に合格したいために、主に経営者(塾の経営者が多いです)に投資や融資をしていただくために、大学合格までの道筋をプレゼンして、その内容によっては虎(経営者の方々)が出資する、 という番組です。

今回の志願者は、27歳の男性の方で「小説家として売れるために,その第1歩として東大に合格し,そのネームバリューを生かして小説家としてプロデビューしたい」という内容のプレゼンでした。

高校の教員になりつつ、仕事をしながら小説を書き続けていきたい、という意見も途中から見受けられました。

これに対して、虎たちの一人の森田さんの意見は「そもそも私立高校で教員をしながら小説を書くというのは甘すぎる。現実を見てから考えてほしいし、そもそも務まらないと思います。私立高校(偏差値の低い高校)を舐めない方が良いと思います」とのこと。森田さんは実際、高校教員をしたこともあり、底辺校の酷さをよく知っておられます。小説を書きながら高校の教員は無理。と断言されていました。

また別の経営者の質問として「そもそもなぜ東大なのか?とてつもなく高いハードルだと思います。教員免許を取りたいのであれば、別の大学でも教員免許は取れますよ」というものでした。

志願者は最初のうちは「小説家として売れるために、東大に合格したい」と言っておられましたが、途中からは「子どもたちの夢をサポートしたい。そのために教員になりたい。

早慶も考えている。そして小説家にはどうしてもなりたい」という考えに代わっていきました。

経営者の意見のひとつとして「年齢(27歳)を考えたら、この年で大学に進学することじたい、厳しいと思います。それやったら教員にこだわらないで就職して、働きながら小説を書いていったら良いのではないでしょうか?」というものもありました。

志願者は自分自身は,底辺高校へかつて進学し、途中から不登校になってしまった」といういきさつがあることから、「偏差値60くらいある場合は応援したいが、この成績と27歳という年齢を考えたら、東大は現実的ではないと思います。そもそも大学に行く必要がありますか?」という虎の意見もありました。

荒れている討論ではありませんでしたが、さまざまな意見が飛び交う回となりました。

今回の「令和の虎 受験版」を見ていて僕の率直な意見は「東大は200%無理。そもそも東大というネームバリューを手に入れることと、小説家として売れることとは全く別のこと。

教員になりたいのだったら、自分の学力に見合う大学を探せばいい。

教員免許を取り、小説家としてもプロになり売れたい、というのであれば,まずは大学に合格するために時間を使った方が良い。

小説を書く時間をとりあえずは全て受験勉強に使ってほしい」


 志願者は冒頭,「小説家になることよりも、東大に合格することの方が可能性が高いと思います」と言っておられました。

偏差値のへの字も知らない人が言う、よくあるパターンだなと思いました。

僕もかつて高校生に進路相談をしていたときに、高校3年生(女子)が「新潟大学とか富山大学に最初は行きたかったけど、今はもう行きたくない」と言っていました。

それを聞いて僕は「それは新潟大学とか富山大学の合格判定がA判定の人が言うセリフやわ。あなた、新潟大学E判定やろ?それは「行きたくない」じゃなくて「行けない」ということやわ。新潟も舐められたもんやなあ。」と思いました。結局彼女は僕の知らない、聞いたこともないような私立大学(Fラン大学)に進学しました。そこしか合格しませんでした。

高校生と接していると彼女のように「自分の学力を棚に上げて,夢みたいなことを本気で言っている人が一定数いる」現実があります。

そんなもん、模試の成績を見れば簡単にわかることなのに…とあきれかえってしまいます。

もちろん、「志望校を高く設定する」のは良いことだとは思います。

「じゃあそのために毎日どれくらい勉強しているの?たとえば赤本を買ってきて志望校の過去問見た?解いてみた?どう思った?何が足りなくて、それを克服するためにこれからは何をどうやって勉強していくのかな?」

これらの質問に完璧に答えられない人には、夢を見る資格はないと思います。

県立高校の生徒さんにあるあるなのですが、高校入試で一応合格した(成功した)。なので大学受験も高校受験と同じ要領でやれば受かるだろう」と安易に考えている人が本当に多い。

私立高校(特進クラス)の生徒さんは、一度受験で失敗しているので、そんな甘ちゃんみたいなことを考えている人は、まずいません。3年後に見返してやる!と意気込んでいます。

そう考えると、県立高校に合格することは,大学受験までの「ゴール」という視点で考えたときに「必ずしも良いこと」と断言はできません。

下手に県立高校に受かってしまったから、受験に対する甘い間違った固定観念が染みついているのかなと思います。少なくても僕がこれまで接してきた県立高校の生徒さんには、そういう考えをした生徒さんが多かったです。

高校受験と大学受験は全く異なります。

まずは国公立大学と私立大学とでは「受験科目」からして異なります。その段階で一つの大きな分かれ目になります。

3教科受験と5教科(6教科)受験とでは文系の場合は「数学」というものを勉強しなければなりません。

私立大学の方が簡単とか、国公立大学の方が大変とか、そういう問題ではなく、受験のシステムからして異なりますよ、ということです。


 今回の令和の虎に出てきた27歳の志願者のように、偏差値もろくに知らないような人が、簡単に「東大に合格して…」とかは言ってほしくはありません。

例えば旧帝クラスの学力があり、その上で「東大に入りたい」とかだったらまだわかるのですが,Fラン大学(名前を書けば合格するような定員割れしている大学)」レベルの人に軽はずみに東大に行きたいとか言われれうと、僕だったらマジで腹立ちます。お説教をすると思います。

「令和の虎 受験版」を見ていると、いろんな意味で勉強になります。僕は高校生とは今はもう関わりはありませんが、中学生とは年中関わっています。

もちろん進路指導もします。夢みたいなことを言っている受験生には厳しいことも言わなければならないこともあります。

まぁ,中学生の場合は初めての受験になるので、多少のことには目をつぶりますが、あまりにも幼稚な事ばかり言っているときには,現実を懇々と伝えています。

最初から県立高校をあきらめているような中3生には特に何も言いませんが,「現実離れした,あさってみたいなことを言っている中3生」には立場上厳しく指導しています。


 僕の中学時代の友達が、かつて富山中部高校へ進学したあと、1年生1学期の最初の3者面談で担任から「あなたには努力できるという才能が全くありません。努力されてください」と言われたとのこと。さすが中部だなと思いました。


 僕は一時,福光まで電車通勤していることがあったのですが、夕方に富山駅から高岡駅まで電車に乗っていると、中部高校の生徒さんがたくさん電車に乗って来られました。

中部高校の生徒さんは見ればすぐにわかりました。電車の中で真剣な表情をしながら英語の長文問題を解いていました。とても焦っている様子でした。

他の学校の高校生は友達と話していたり,携帯を見ていたりしていました。

「あぁ。もうこの段階で差がついているな」と思いました。

少しでも良い大学に合格したかったら、どのような高校生活を過ごせばよいのか?

高校の環境はやっぱり大切だなと、つくづく思っています。

令和の虎,エンタメとしてではなく自分事として、これからも見て行こうかなと思います。
2026年09月20日 08:14

secret base ~君がくれたもの~ / ZONE

最近Youtubeで古い曲をよく聴いています。

気に入った曲は再生リストに登録して、その日の気分によって聴いています。

今日はその中から secret  base ~君がくれたもの~ を聴いていました。

この曲はZONE,という4人組の10代の女性からなるバンドの曲です。

2001年8月11日リリースの曲です。作詞・作曲は,町田紀彦さんという方です。ドラマ「キッズ・ウオー3」の主題歌だったそうです。

井上真央さんが主演だったとのこと。僕はドラマのことは知りませんでした。

この曲がヒットしていた2001年の夏、僕は29歳。新潟県上越市に住んでいました。

上越市で午前中は酒屋さんの配達のバイト、午後からは中学生・高校生・浪人生の家庭教師をしていました。

上越には1年間のみ住んでいました。

夏、ZONEのsecret  base をよく聴いていました。

家庭教師が終わり、22時すぎに一人で直江津浜へ立ち寄り,駐車場に止めた車の中でよくこの曲を聴いていました。


話はさかのぼること、1995年3月。22歳。

大学を卒業するのと同時に、僕は同じゼミ員だった人と、付き合うことになりました。

彼女は新潟県人で、新採用教員として上越市で小学校の教員生活をスタートさせました。

僕は教員採用試験に落ちていたので,富山の実家で浪人生活を始めました。

2度目の教員採用試験で僕は何とか新潟県の小学校教員採用試験に合格し、翌年の春から新潟県三条市という所で小学校の教員生活を始めました。

彼女とは三条市ー上越市の遠距離恋愛でした。(上越市と三条市は,車で3時間かかります。)

ところが僕はあっさりと教員を辞めてしまい、再び富山の実家に帰ってきました。


それから4年間、富山と上越の遠距離恋愛が続いていました。

付き合い始めてから6年がたち、二人の間で「そろそろ結婚したいね」という話になりました。

僕が「じゃあ俺が上越に行くよ。上越で1年続いたら結婚しよう」と提案しました。

彼女も「わかったよ。」と言ってくれました。

そして2001年4月,僕は上越市へ行きました。

当時は新潟県家庭教師協会上越事務局に所属し、上越市で家庭教師をしていました。

午前中は酒屋さんで配達のバイトをして、14時からは浪人生、不登校の中学生の家庭教師をして、夕方からは中学生・高校生の家庭教師をしていました。

当時は,結婚を夢見て「俺はこの上越に一生住むんやなぁ」と思っていました。

しかし残念なことに彼女とは別れてしまい、夏からは一人で上越で仕事をしていました。

そのとき、ZONEのsecret  base という曲を知り、よく聴いていました。

6年間も遠距離恋愛をしてきたのに、すぐ会える上越市同士の恋愛はわずか4カ月で終わりを迎えました。

難しいですね…

結果、僕は1年間上越で家庭教師をして、無事入試が終わったのち、富山県に再び帰ってきました。

富山県家庭教師協会高岡事務局に再びお世話になることになり、上司は「こちらとしては歓迎なのですが、佐伯先生にとっては大変な1年でしたね…」と同情されました。


 その後ZONEは解散してしまいましたが、saecret  base だけは印象に残っていて、思い出ソングの一つになっています。


まぁ、生きていれば嫌なことも,もちろんあるかなと思います。
2026年09月19日 19:52

もうすぐ一高クラス会です

来るシルバーウイーク期間中に、一高(富山第一高校)の18組・19組の合同メンバーでクラス会が行われます。

2年前は男子のみでのクラス会でしたが、今回は女子も参加してくれます。とても楽しみです。

県外からも来てくれる方がいらっしゃるので、久しぶりに会う方もいます。

高校卒業以来に会う、という人もいるので、余計に楽しみです。

「あれっ,この人は誰だったっけ?」ということがないように、簡単な名札を用意しております。

総勢19名でのクラス会になります。

高校時代の思い出話やその後(長いな~笑)の話などなど、話したいことはたくさんあるかと思われます。

楽しいひと時を過ごせたらな,と思っています。
2026年09月18日 00:19

わたがし / back number

現在の時刻は22:19です。

先ほど、久しぶりにback  number の「わたがし」という曲を部屋の電気を消してYoutubeで聴いていました。

僕はこの曲を3年前に当時好きだった女性から教えてもらいました。

彼女はバツ1で子どもが3人いる方でした。

カラオケで歌ってほしいと言われ、当時よく練習していました。

もともとback numberの存在は知っていましたが、「わたがし」という曲は知りませんでした。

この曲は2011年にバンドが解散しそうになったときにボーカルの清水依与吏(しみず いより)さんが作詞作曲された曲です。


※以下wikipediaより抜粋 ~清水さんのインタビューより~

「当時(高校時代)、すごく好きな子がいたんですけど,その子がお笑いが好きで,僕もお笑いを頑張って勉強してたんですね。それである日突然,その子がバンドをやってる他の男を好きになってしまって,結局,その男に取られてしまったんですよ。だったら僕もバンドをやって,そいつを見返してやろうと。それでバンドを始めたんです。」

そしてバンド名を「back  number」と名付けていますが,その理由についてもインタビューでは次のように話していました。

「彼女にフラれた自分は『back  number(型遅れ)』でしかなかったんですよね。だから,彼女の気持ちを取り戻したかったという思いが強かったんだと思うんです。」

なるほど、そうだったのか、と思いました。

back numberの曲は比較的明るい曲が多いのかなと思っていた僕は、初めて「わたがし」を聴いたとき、かなり切ない歌詞とメロディーにギャップを感じました。

あぁ,けっこう悲しい曲なんだなぁ。でもいい曲だなぁ と思いました。

「わたがし」のPVも、お祭りでわたがしを買う山本美月さん?の浴衣姿がきれいで、思わず見とれてしまいました。

わたがしを聴くと3年前を思い出します。

まぁあれから3年経ったのですが、僕自身は何も進歩はしていないような気がします。

でもbacknumberの「わたがし」という曲は「花束」というback  numberの曲と同じくらい好きな1曲です。

あの子は今も元気に頑張っているのだろうか…
2026年09月16日 22:20

2014年11月~2026年9月12日までに読んだ本の冊数を数えてみました。

ずっと前(1年前)から気になっていることがありました。

俺は今まで何冊くらいの本を読んで来たのだろう…?

僕のパソコンには「読書日記」というフォルダあります。

そのフォルダの中には,僕が記録を取り始めた2014年11月1日~今日2026年9月12日までの、月ごとに読んだ本のタイトル・著者が書いてあります。


 僕は27歳までは、ほとんど本は読まない人間でした。村上春樹さんの「ノルウェーの森」を大学生の時に読んだくらいでした。

27歳のときに高岡市伏木で個人塾「寺子屋学習館」を初めてオープンしたときから「何かヒントになることはないか?」と思い、ビジネス本などを読むようになりました。

最初にハマったのが中谷彰宏さんの本でした。当時の中谷さんの本にはかなり勇気づけられました。


さて,先ほど何冊の本を読んできたのか,計算してみました。

同じ本を何回も読むこともあるのですが、2014年11月~今日にいたるまで、合計でのべ 494冊でした。

毎年およそ40冊くらい本を読んでいる計算になります。

僕の読む本は80%がビジネス本・自己啓発本で、残りの20%はスポーツ選手やプロ野球の監督が書かれた本です。

一番よく読んでいる著者は千田琢哉さんがダントツです。次は本田健さん、などなど。

こられの本を読んで来た中で,僕の印象に強く残っている本を今回は述べさせていただきたいと思います。


1位:「ユダヤ人大富豪の教え」本田健 著

2位:「胸懐(きょうかい)」GLAY TAKURO 著

3位:「成功塾」 中谷彰宏 著

4位:「だからお前は落ちるんだ、やれ!」 吉野敬介(元代ゼミ・東進ハイスクール講師)著

5位:「采配」落合博満(元中日ドラゴンズ監督)著

6位:「多動力」 堀江貴文(ホリエモン)著

7位「好きなことだけして生きて行け」 千田琢哉  著

8位:「きっとよくなる!」本田健 著

9位:「毎日が冒険」 高橋歩 著

10位:「受験は要領」 和田秀樹 著


これらの本は今でも時々読み返すことがあります。

中でも中谷彰宏さんの「成功塾」という本は今まで20回くらいは読んでいる本です。

僕は小説はほぼ読みません。

僕が好んで読んでいる本は,だいたい1冊を読み終えるまでに3時間以内で読める、読みやすい本です。

最近はYoutubeを見る時間が圧倒的に多くなってきているので、あまり本は読めていませんが、これからも時間あるときに読んでいこうかなと思っています。
2026年09月12日 11:43

もうすぐ運動会(体育大会)修学旅行ですね。/ これで最後にしましょう。

中学校にもよりますが、9月に運動会(体育大会)が行われますね?

1学期に運動会が終わっている中学校の場合は、修学旅行が今月にありますね?

いずれにせよ、9月が最後の3年生にとって学校行事になるかなと思います。合唱コンクール・文化祭なども11月(10月)にある場合もありますが…

今月いっぱいで「学校生活をenjoyする」という感覚は最後にしてください。11月まで「楽しい学生生活を引っ張る」のはやめてください。

もうとっくに受験モードに入っている中学生も多いかと思いますが、夏休みを終えて、まだ学校行事にこだわっているのは、かなり危険です。

県立高校を最初からあきらめている生徒さんや,スポーツ推薦で進学される場合を除いて、県立高校(志望校)が決まっている生徒さんは、学校行事を言い訳にして勉強しない、という甘い考え方からはもう卒業してください。

もちろん、学校行事は大切だとは思います。大いに楽しんでほしいとは思うのですが、そればかりに集中しすぎて肝心な勉強をおろそかにするのは、本末転倒です。

特に自分の周り(友達)だけを見て、安心している生徒さんは、要注意かなと思います。

ちょっと厳しい忠告をさせていただきますが、受験は友達と受けるのではありません。

あくまであなたが試験会場でたった一人で試験を受けるということです。誰も助けてはくれません。

県立高校の受験は,知らない人に囲まれた「いつもとは異なる環境」で受けます。入試会場独特の緊張感の中で受けるものです。

学校の定期テストや実力テストのように、いつもの知っている人に囲まれて緊張感のかけらもないアットホームな環境で受験するのとは大きく次元が異なります。

よく学校の先生方が「本番で100%の力を出すために、120%の力を出す覚悟で日ごろから勉強してください」と言われることが多いかと思いますが、まさにその通りだと思います。


 僕は中学生のとき「学年集会」が大嫌いでした。いつも学年主任の先生がお決まりの「勉強しなさい」「最高学年らしく1・2年生の模範になるような生活態度で過ごしなさい」

「受験までもう残された日は少ないですよ」などなど、聞いていて頭が痛くなるようなお説教をされていましたが、今思い返すと、納得がいくなと思います。

僕の母親は中学時代、暇さえあれば「勉強しられ」と僕に言っていました。僕は「うるさい。今からするとこや」と言い返していました。本当に腹が立ちました。

3年生の12月になると、ようやく僕は本腰を入れて勉強し始めました。そのころから母は何も言わなくなりました。

 学校から、親から、そして塾から、いわゆる大人たちから「勉強しなさい」と言われている中3生は多いかと思います。

大人たちは場合にもよりますが、僕の母のように、自分が学歴がないため子どもには少しでも良い学校に合格してほしい、と願っているようです。

それが良い悪いは置いておいて、もう受験期間には入っているのかなと思います。

寺子屋学習館も今月から「土曜日授業」が中3生限定で始まります。

学校の勉強はもちろん、1・2年生の範囲を勉強することも増えてきています。

大学入試とは大きく異なり、高校入試は「短期間集中勉強」で何とか合格できる可能性はあります。

その「短期間」は6か月くらいかなと思います。

今日は9月11日。県立高校入試まで6か月を切りました。もうその「短期間」に突入しています。

たかが6か月、されど6か月。長いようで短い6か月間。


試験というのは「合格者を出すための試験ではありません。「受験生の中から落とすための試験」です。

どうやって落とせばいいのか?を考えながら、ひっかけポイントを設定しながら入試問題は作られています。

たとえば、正答率が10%を切るような難問が高校入試では出ます。

その「10人に1人しか正解できない問題」にいつまでも時間をかけてトライして、結果「わからなかった」という受験生から順に不合格者は出てきます。

試験の特性・時間配分を何も知らない人から不合格者が生まれてきます。

入試という問題構成・特性を知らない受験生は、正答率の高い問題をないがしろにして、正答率が1けたの「どうでもいい問題(捨て問題)」にいつまでも時間をかけ、結果時間切れで入試を終えます、後悔とともに。

入試問題は「正答率の高い問題」を確実に正解し、捨て問題は見切ることが必要になります。(富山中部高校・富山高校・高岡高校など,超進学校の場合を除きます)

もちろん受験生が「これは捨て問題だな」とか「この問題は正答率が高いな」という判断は最初からはできません。

何度も入試問題に挑戦し(他県の入試問題ももちろん数多く解きます)そららの問題に実際に取り組んでみて結果、正答率を知る(教えてもらう)ことで入試に受かるためのコツをつかんでいきます。これは大学入試でも同じことですが…

毎年毎年、口を酸っぱくして僕は教え子に,「間違っても2月とか、受験間際になってから過去問を解く、という愚かなことはするなよ」と言っています。

もし2月に過去問を解いて、解ければ良いです。だけどもしも「全く歯が立たなかった」場合、どうするのでしょうか?

入試までの残された数日間でそのできなかった問題が解けるようになるのでしょうか?

ただでさえ入試のプレッシャーを感じている直前期に、恐ろしいほどの集中力を発揮し、毎日7時間も8時間も勉強するのでしょうか??

僕は中3生のとき、まさに上記のような大失敗をしました。2月になってから本屋へ行き富山県立高校の過去問を買ってきて、はりきって解いてみました。

結果、数学と理科・社会がぼろぼろでした。

できたのは英語だけ。国語は論外。時間の無駄。最初から最後までノー勉でした。

入試まで1カ月を切っている時点でようやく「富山県の県立高校入試問題」を解きました。難易度の高さに腰を抜かしました。

もちろん、もう「手遅れ」


富山東高校の壁はそんなに低くはありませんでした。

不合格。

入試というものを何も知らないまま2月を迎えた段階でもう勝負はついていました。


高校受験で悔しい思いをした僕は,高校時代は1年生の冬から共通1次テスト用の英語の問題集を解いていました。そして志望校に合格できました。


もし今僕が中3時代にタイムマシーンで9月に戻れたら「富山県の入試問題を3年分解いてみてくれ」と言います。それしか言うことはありません。

入試問題を解いてみて、気づいてくれ、と言います。

そしてできなかった問題ができるようになるために、これから3月までの間に克服してくれ、と言います。


もう何度も言っていますが、学校の定期テストと入試問題は全く別物。

試験の問題の難易度も傾向も違います。

良心的な中学校では(たとえば新湊南部中学校の理科の定期テストのように)入試問題に近い問題を出題してくれる場合もあります。

そのときは、定期テストの段階で入試問題を解けるため、現実にハッと目が覚めます。


……とにかく本屋さんへ行って富山県立高校の過去問を買ってください。できる・できないは関係なく理科・社会・数学の入試問題を実際に解いてみてください。

学校でまだ習っていない所は飛ばしてください。英語に関しては、長文問題はまだできないので飛ばしてください。それ以外の対話文問題、文法並べ替え問題、絵を見て作る英作文問題は解けるはずです。


PS: 「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という中国の言葉があります。

敵(入試問題)を知り,己(自分の現在の学力)を正しく理解すれば、大きな敗北(不合格)は避けられる、という意味です。

スマホゲームをしている暇,ラインをしている暇,インスタを見ている暇、Youtubeや「TikTok」を見ている暇があったら、本屋へ行って過去問を買ってきてください。

とにかくスマホ・携帯の「奴隷」になるのは、もう卒業しましょう。勉強している間は携帯は別の場所に置いてきてください。邪魔なだけ。

2年生が今のうちから富山県の過去問を買っているとすれば、合格への道は大きく一歩進んでいると断言できます。

入試問題は3年生の2月になったら、いきなり解ける、というものではありません。


入試問題を実際に解いて、時間をかけて克服していく、その繰り返しの後に解けるようになるのです。当たり前ですが…

頑張ってください。
2026年09月11日 10:30